装剣小道具を楽しむために

Tsuba
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後藤裕乗・後藤乗真 十四代揃三所物
Goto Yujo ・Goto Joshin

後藤家の龍と・・・





@這龍図三所物 無銘後藤祐乗 初代





A這龍図三所物 無銘後藤乗真 三代





B這龍図三所物 無銘後藤光乗 四代





C這龍図三所物 無銘後藤顕乗 七代

 刀は戦場においてだけでなく常に身の回りに備える武具であるため、これを収める拵には飾りという観点から様々な意匠や文様が施されている。飾りとは奇麗に装うという意味に留まらず、時には質実に、時には実用性が追求された結果の美観という場合もある。
 装飾には所持者の思想や宗教的な側面が示されることが多い。特に人を死に至らしめる武器には、殺めた相手の成仏を願い、自らの死後の安穏を願う意味から浄土思想を示す図柄が施されることもある。
 また、源氏の氏神としても知られる八幡大菩薩など、所持者を守護する神名を装飾とした例もあるが、思想的な意味合いを持つ図柄を含めて最も多いのは龍神と不動明王であろう。
 不動明王図は、火炎不動など直接的な表現になる例も多いが、その化身である剣を呑み込まんとする龍の図、つまり不動明王と龍神との戦いを図柄として完成させた倶利迦羅図(写真J)で知られる。これは善と悪を視覚化させた例であり、密教思想の伝来によって平安時代に広まり、鎌倉時代を経て室町時代末期には、刀身彫刻という形をとって所持者守護の意味へと到達した。
 そもそも龍は、全世界において古くから図柄や文様として現わされていることから、その存在が遍く認識されていたと考えられるものであるが、龍の捉え方は各地の文化によって異なる。
 中国では歴史時代以前からすでに存在が確実視されており、古代文字にも龍を象ったと思しきものがある。時代が下がって古代中国の伝説の王の時代には、王は死ぬと龍に乗って昇天したと云われる。あるいは龍顔を拝するという言葉があるように、龍は最高権力者である皇帝そのものであった。
 地上のみならず全宇宙の、認識されるすべての事象の根源が龍。東洋における神とは、万物に存在する自然神を指すが、さらにその上に厳然と存在するのが龍神ということになろうか。
 こうした古代中国の意識を基本として龍に対する意識を培ったのであろう、独自の創案になる龍図金具を製作した後藤宗家の金工達もまた、我が国の最高の実権力者であった足利、織田、豊臣、そして徳川家に従い、内面に万物の王の意味をもつ龍の図柄を武家の象徴として刀剣に展開させたのである。そして武士は、身を守るための刀剣に万物の守護神としての龍を意識すると共に、武家の機構を堅持する意識をも重ね合わせ、社会の安定を願っていたのである。
 龍に題を得た装剣小道具(目貫・笄・小柄の三所物)が手許に十四組ある。後藤宗家初代祐乗から、十四代光守までの同図になる大変貴重な揃い物である。
 この十四組の三所物に見られる図柄は、龍が宙を這う様子を基本として、腕を伸ばして玉を追う龍、あるいは玉を掴んだ龍などと姿形や場面に変化があり、背景には波や雲を描くこともあるが、主に微細な突起の連続する魚子地とされることが多い。龍の身体はいずれも地を裏面から打ち出して高彫とし、逆に表面には鏨を打ち込み、前方を睨み据える目玉、鋭く立つ鱗と鰭、苔生すような四肢、宙をつかむ鋭い爪、左右に張って流れる触覚、身に纏った火炎等々を鋭利な刃物で切り込んだように力強く彫り描いている。
 写真@は初代祐乗(一四四〇〜一五一二)、以下A三代乗真(一五一二〜一五六二)、B四代光乗(一五二九〜一六二〇)、C七代顕乗(一五八六〜一六六三)、D十三代光孝(一七二一〜一七八四)、E十四代光守(一七四〇〜一八〇四)の各作品。
 本来は十四代の全作品を並列して比較鑑賞するべきではあるが、特徴の顕著な五工の作品を紹介する。総体の図柄構成はもちろんのこと、細部の彫口や肉取り、視線の置きようの違いによる顔の表情の差異や手足の動き等を視点の置きどころとしたい。
 後藤家の揃金具として龍の図を俯瞰してきたが、龍神を描いた金工や鐔工は後藤家に限らない。また、写真Fのように、後藤家は龍を器物に意匠として採りいれた図をも遺している。この小柄は宗家九代程乗(一六〇三〜一六七三)の作。鞭の本体を龍の骨のように描いていることからも、鞭の柄頭に龍を意匠しているというより、鞭そのものを龍神に擬えていると見るべきであろう。采配が現実の戦場を暗示している。
 写真Gは記内派の龍図鐔。鐔工記内派は越前に興り、喜内あるいは木内の銘を残した同国の刀工の刀身彫刻を専らとする一派とも関連性が研究されている。直接の接点は窺えないものの、影響し合ったであろう事は認められている。
 因みに写真Hは越前康継の脇差で、阿吽の相を示して向かい合う龍の姿が肉彫表現されている。Iは肥前國近江大掾忠廣の脇差。これには、剣に巻きついて呑み込まんとしている図、剣巻龍とも称される倶利迦羅図である。倶利迦羅図も後藤家の伝統的図である。写真Jは後藤宗家三代乗真の作。這龍図三所物と同様に迫力ある画面を創出している。





D這龍図三所物 無銘後藤光孝 十三代





E這龍図三所物 無銘後藤光守 十四代


F鞭図小柄 無銘後藤程乗 九代


G龍図鐔 銘 越前住記内



H這龍図彫刻が施された脇差 無銘越前康継



I倶利迦羅図彫刻が施された脇差 銘 近江大掾藤原忠廣

J倶梨迦羅図三所物 無銘後藤乗真 三代

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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2011〜.