装剣小道具を楽しむために 36

Tsuba
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加賀象嵌
Kaga-Zogan

線画の魅力 消入りそうな細線



@花に霊獣丸文図鐔 無銘加賀 赤銅地片切彫平象嵌 江戸時代後期 縦72ミリ



A秋草に虫図小柄 無銘加賀 赤銅地片切彫平象嵌 裏板朧銀地片切彫 江戸時代後期 97ミリ


B蟷螂図鐔 無銘加賀 赤銅地毛彫平象嵌 江戸時代後期 縦73.5ミリ

 ここに紹介する小柄の繊細な装飾の様子が、現代のパソコンのモニターで再現できるであろうか少々気になっている。幅わずか〇・一ミリに満たない極細の線を金属の細工によって表現する技術は、現代のコンピュータ化された精密機械であれば想像もつくが、古典的な工具に頼る手作業の困難さは計り知れない。
 冒頭から無粋な説明をしてしまったが、加賀金工による平象嵌の美しさは、このように言葉では表現できないほどの感動を与えてくれるものである。
 加賀象嵌による線画は、絵筆で線を描くという作業とは次元を異にする。平面に細い線を彫り込み、金などの異金属を嵌め込んで表面を平滑に仕上げ、さらに毛彫を加える。この際、金属間に隙間が生じては美観が劣るし、線の太さも揃える必要がある。
 金工において細線を描く場合、切り施した線刻に金などの柔らかい金属を擦り込むことによって表わす、擦り付けと呼ばれる手法が間々採られている。ただしシャープな線は望めず、むしろ布目象嵌とも似て、複数の線刻による暈しの表現に用いられる。また、金を溶かし込んだ水銀を用いて図を描き、水銀のみを蒸発させて金の薄い皮膜を表面に残すケシと呼ばれる手法もあるが、平面描写には効果的だが細線への応用は不向きである。
 加賀金工による平象嵌は、鐙師(あぶみし)と呼ばれる馬具の装飾技術者に始まった。江戸時代初期、加賀藩主前田家が藩の方向を武備から芸術と産業へと転換を図るため、各地から技術者を招いたことによる。元来の鐙装飾の技術は鉄地に平象嵌という手法であったが、これを発展させ象嵌として完成させたのが加賀象嵌で、赤銅や朧銀地という軟質の金属への象嵌を可能とした点に特色がある。
 また、加賀金工に影響を与えた異文化には、京都から移入された友禅など着物の文様がある。特に平象嵌の組み合わせになる装飾には、加賀友禅が持つ華やかさと繊細さの窺える例が多く、ここに紹介する草花に虫図の小柄や、貴族の衣服などにも採られた丸文散らしの鐔などがその典型。
 写真@の鐔は、表に花や霊獣などを意匠した丸文を円周状に、裏は様々な虫をこれも円周状に配した構成。Aの小柄は秋の七草にも数えられる藤袴であろうか、これに虫を添えている。加賀金工には琳派の絵画のように『源氏物語』などの古典を文様化した例がある。この図も『源氏物語』のいずれかの場面に取材したものであろう、雅な香りが漂う。因みに小柄の裏板は朧銀地に片切彫で草花が描かれている。Bも小さな虫に題を得たもので、空間を大胆に活かしている。
 いずれも漆黒の赤銅地をごく浅く微細な凹凸の石目地に仕上げ、一見して平滑な表面とし、この渋い光沢を呈する地金を背景に、面と線を組み合わせた文様を金と銀の平象嵌で構成している。鐔は古典を意図したものであろう、さらに唐草文を片切彫で施している。興味深いのは、色金を赤味の強い金と青味のある金に違えている点。微妙な色合いの違いと組み合わせによる爽やかさが再現できるであろうか、この点も気に掛かる。
 拡大観察すると、細糸状の花の先端は不揃いのそれではなく、いずれも剣先のように尖っているのが良く分かる。また、鐔の丸文には毛彫と片切彫、微細な三角鏨と丸鏨による変化のある点刻、円形の打ち込みなどが加えられており装飾性の追求が感じられる。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.