装剣小道具を楽しむために 35

Tsuba
目次 Contents
銀座長州屋 Web Site



一宮長義・加納夏雄
Ichinomiya Nagayoshi ・ Kano Natsuo

線画の魅力 片切彫


 
@蟻通宮図鐔 銘 長義(花押) 朧銀磨地片切彫平象嵌 江戸時代中期 縦72ミリ

        
A浦島太郎図小柄 銘 於東武作夏雄(花押) 朧銀磨地片切彫平象嵌 長さ97ミリ

 装剣金工における線画については、象嵌によって鮮明な描線を浮かび上がらせる仙台清定(きよさだ)の猛禽図大小縁頭を紹介したが、金工作品には欠くことのできない線彫と呼ばれる描写技法を説明する。
 金属表面に鏨を連続的に打ち込んで線を走らせる蹴り彫や毛彫と呼ばれる描法は、実は古代の壁画や石器にみられるような極めて原初的な手法である。素朴な味わいの毛彫は次第に美しさが追求され、鏨で金属を切り削ぐことにより描線を連続させる片切彫と呼ばれる手法へと変化している。片切彫の線は鏨を切り込む強さによって質感が変わる。その連続によって生まれた線刻の表情に美を見出したのである。
 奈良時代以前に渡来した仏教具にみられる文様の多くは毛彫が主たる技法であったが、鎌倉時代には、片切彫による唐草文の施された厳物造太刀が製作されている。さらに時代が降り、装剣小道具における線彫は洗練味のある片切彫として、江戸時代中期以降の金工によって華々しく展開されたのである。
 江戸時代中期、絵師は自然が示す微妙な変化を科学的な視野で観察し、絵画に反映するという写生重視の意識が強くなり、視点は自然風景から人物へと移っていった。
最も人間に人間らしさが感じとれるのは闊達に動いている状態にほかならない。絵師は、動きが顕著に見られる事象でもある年中行事に関わる踊りや歌舞伎などに取材し、特徴的な衣服と持ち物に包まれた人物を描くと同時に、動感さえも写し採ろうとした。
絵師の視点は、総体的な姿形からさらに手足の筋肉の動き、目つきや口元など顔の構成を捉えることを経て、それらの微妙な表情の再現へと進んだ。現実社会での取材により人物表現の可能性を探り、画題を通して作品上へと展開してゆく作業は、人間の動きの中から人間らしさの現われた瞬間を採り出す作業、つまり人間そのものの描写である。この速写速描は、現代の写真表現と同様のものである。
 絵師が用いた絵筆は金工にとっての片切彫。微妙な線描は毛彫よりもむしろ表情豊かな片切彫によって為された。細く太く変化しつつ連続する片切彫の線刻によって表現された手足、あるいは顔の輪郭部分の線は筋肉の動きまでも想像させ、線でありながらも皮膚であり面であり立体であった。
 金工は紙面を金属面に置き換え、絵筆で墨線を走らせるように鏨を切り込み、人物を活写した。まさに写真のように、図様に動きを溢れさせて。
 写真@は、このような写生によって人物表現に新味をもたらした、江戸時代中期の京都金工一宮長義の、蟻通宮伝説に取材した作。人物の動きが快活で、片切彫の彫り様にリズムがあってその活用も巧み。人物の顔の部分のみ肉彫としている。
 写真Aは幕末から明治にかけての、我が国を代表する金工加納夏雄(一八二八〜一八九八)の製作になる浦島太郎図小柄。朧銀地に片切彫と平象嵌を駆使し、助けた亀を海に追いやる青年漁師の姿を描き表わしている。身体を描く線に妙趣があり、表情豊かな人物表現がなされている。

 下の参考写真は鐔の一部。色絵は目玉のみで他に一切の色金を用いていないにもかかわらず、虎の姿が活きいきと描写されている。


参考写真


目次 Contents   銀座長州屋 Web Site


企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.