装剣小道具を楽しむために 34

Tsuba
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草刈清定
Kusakari Kiyosada

線画の魅力 線象嵌



猛禽図大小縁頭 銘 仙臺住清定 赤銅石目地金線象嵌 江戸時代後期 縁長37.5ミリ 頭長33ミリ

 弥生時代の銅鐸など古代の祭祀具にみられる線状の図様や、古墳時代の剣に施された線状の象嵌による文様は、江戸時代の金工一般のそれとは文化的な連続性は考えられないものの、金工という大きな範疇で捉えた場合には同じ源にあると言えよう。
 例えば、平成十四年に発掘された吉備塚古墳(吉備真備の墓と伝える・奈良教育大学構内)出土の鉄製三累環頭太刀(六世紀)の刀身表面には、仙人と思われる人像が霊獣や唐花文と共に金や銀の線象嵌(せんぞうがん)によって描き表わされている。現在は厚い錆によって判別できないが、元来は磨かれた鉄地の刀身表面に金の画がくっきりと浮かび上がって見えていたに違いない。また、聖徳太子が用いたと伝えられている剣(七世紀・四天王寺蔵)にも、北斗七星と聖獣が金象嵌の線画で表わされており、金属面に装飾を施す手法の一つとして、線画は古くからあったと考えられるのである。
 室町時代の応仁頃に製作されたと考えられている応仁鐔には、鉄地に真鍮の点象嵌の平面的な模様と、真鍮の線象嵌によって文様を表現したものとがあり、時代の上がる象嵌装飾として知られている。この鐔には鉄の錆地と象嵌された金属とがその境界部分で融合しているかのような趣が窺え、また、金属の線には細太の幅があって量感が一定にならず、これが質朴な風合いを感じさせる要素となっている。
 
線象嵌の施された応仁鐔の例


 江戸時代に隆盛した装剣具の彫刻手法には、量感のある鋤出高彫の他、鋤下による線刻、異金属の象嵌や色絵などがあり、金工表現の多くはこれらの複合によるもの。その中にあって、すっきりと表わされた線のみになる簡潔な文様や複雑な図様などは、むしろ特異な景観を示していたとも言えよう。
 江戸時代の線画には、大きく分けて二つの手法がある。一つは筆圧を変化させて描く墨絵の如き味わいを持つ片切彫や毛彫。町彫金工の祖とも仰がれる横谷宗a(享保頃)の創始とも伝えられており、これ以降多くの金工が作画に用いている。

 もう一つが表題写真のような異金属を線状に象嵌する表現手法。先の鉄地に真鍮象嵌する方法を発展させたものもあるが比較的少なく、深味のある赤銅地に光沢鮮やかな金線の映える構成が広く好まれている。
 作例は仙台金工草刈清定(一七八〇頃)の手になる、柏樹に休む猛禽に題を得た大小揃いの縁頭。色合い黒々とした赤銅地を微細な石目地に仕上げ、猛禽の身体部分のみ黒味の強い朧銀地とし、羽根の様子は細筆の先で描いたように繊細緻密でありながらも、線幅に勢いのある金の平象嵌の手法で描き表わしている。殊に羽毛の様子は極細の線と点状模様で、しかもこれらの表面は平滑に仕上げられている点が線状平象嵌の洗練美と言えよう。
 もう一つの清定に特徴的な表現が、輪郭の一部を盛上げたように量感のある線象嵌とする点。この縁頭では、樹木にのみ表面に丸味の感じられる厚手の金線象嵌を廻り施しており、葉と幹の表面は他の部分と同様に金の繊細な線状平象嵌。猛禽の目は鋭く獲物を狙うそれで、枝に鋭く突き立てた爪にも力が漲り、わずかに翼を広げているのは獲物に飛びかかろうとしている瞬間であろうか。赤銅地は石目地によって深味が感じられ、落ち着きのある平面に一際金線模様が映える構成とされており、これが清定の魅力となっている。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.