装剣小道具を楽しむために 33

Tsuba
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古金工・後藤栄乗
Kokinko ・ Goto Eijo

耳長兎の長い耳



@秋草に兎図笄 無銘後藤乗真 赤銅魚子地高彫金色絵 室町時代 長さ223ミリ


A兎図目貫 無銘古金工 山銅地容彫金色絵 室町時代 表69.5ミリ 裏66.5ミリ


B兎図小柄 無銘後藤栄乗 赤銅魚子地高彫金色絵 桃山時代 長さ96ミリ

 秋草に隠れるように自然に生きる兎、あるいは月との関わりを暗示するように描かれた兎図の装剣小道具は比較的多い。例えば写真@の後藤乗真(室町時代後期一五一二〜一五六二)の小柄の図は、文様化された秋草を背景に後藤風の写実的な彫刻になる兎を組み合わせたもので、文様から絵画的風景表現への過渡的な位置にある作である。
古代中国では、三本足の烏が太陽に棲み、月には兎が棲むと考えられており、この陰陽の思想を下敷きに金烏玉兎の言葉が生まれ、また、我が国に伝播して以降、武具にも様々な形で描かれて装飾とされた。
 杵を振り上げる兎の姿が満月の表面に影絵のように見えることから、我が国でも月に兎が棲むと考えられていたようだが、杵を振る兎の図が、古代中国の神仙思想を下敷きとする不老不死の薬草を搗く様子というよりも、正月の餅を搗くという日本的な風習への変化が興味深くもあり、また楽しい。
 さて、兎を特徴付ける要素は、長い耳とふっくら丸みを帯びた身体、そして躍動感のある脚部に他ならない。装剣小道具のみならず絵画にみられる兎もこれらの要素を備えており、一つでも欠けると、例えば耳の短い兎は兎でなくなり、鼠か猫に紛れてしまう。
 逆に耳が極端に長く描かれただけで、兎の図は奇妙なまでに特異な存在感を示す。それが耳長兎の図である。敢えて耳長という理由は、耳が長くデフォルメされている点にある。ディズニーアニメで知られている子象のダンボの如く、飛翔に役立ちそうな長い耳の存在がこの図を特徴付けているのである。
 兎が飛翔する動物であるとの認識があったのではないか、という想像も捨て去ることはできない。兎の飛翔への期待は、翼を持つ兎が意識され、絵画表現されたことでも理解できる。その例が、正倉院所蔵の唐櫃に描かれた、翼を持つ兎の図である。
 長い耳を翼の如く用いて飛翔する。飛翔までゆかなくとも、兎が軽やかに跳躍できるのは、その長い耳を利用しているからであると考えたであろうことも想像の範疇だが、イメージとしては楽しく、優れている。
 武将が兜の前立などに飾りとして備えたこと、あるいはまた、刀を装う金具に、耳長兎の図を描き添えたことの背後には、軽やかな跳躍を想わせる俊敏な移動や飛翔への憧れが秘められていたのではないだろうか。その典型例が、長い耳を左右に広げて辺りを窺っている兎の姿を象徴表現した、写真の目貫と小柄である。
 写真Aは、室町時代の金工の製作になる、大振りな造り込みの目貫。姿態などに兎らしさは窺えず、蝙蝠に似た何とも奇妙な顔つきながら、味わいは格別である。山銅地を量感豊かに彫り出してふっくらとした身体を描き、耳には金の色絵を施して大きさを一層強く意識させている。
 写真Bは桃山時代の後藤宗家六代栄乗(一五七七〜一六一七)の作。小柄という横に長い画面を存分に活かし、写真Aのそれ以上に耳を誇張している。
室町後期から桃山時代は、華やかさと同時に武骨さも美学に組み入れられた時代。ピーンと横に伸びた耳に鋭さを感じるか、それともしなやかさを感じるか、突進して来る姿に弾丸の如き速度と跳躍力を感じるか。あるいはこれら総てのイメージを一体化したのが耳長兎であったのだろうか。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.