装剣小道具を楽しむために 28

Tsuba
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古金工平田彦四郎
KokinkoHirata Hikoshiro

唐草の一変形


 
@波に丁子菊文散図鐔 無銘古金工 室町時代初期 赤銅地高彫金色絵金点象嵌 縦70ミリ



 
A唐草文図鐔 銘 平田彦四作 桃山時代 赤銅石目地金象嵌 縦64ミリ

 唐草は単純に見えて奥深い文様である。意匠の基本にあるのは朝顔などの蔓性植物の成長する様子で、蔓の先端が分化して湧き出るような、無限の連続を想わせる成長の様子に生命の不思議があり、これが唐草の文様として表現されたのであろう。
これまで度々唐草模様を採り挙げてきた理由は、文様化された上での唐草の不思議さに度々感動を経験しているからに他ならない。波も雲も、あるいは動物の動きも唐草とされたのである。
我が国の唐草模様を大きな流れでみると、太古の時代の器物では自然界にある事物の動きを素材とした唐草風の絵柄が施された例が多く、飛鳥時代から奈良時代にかけては、ペルシャ起源の文様が中国大陸を経て伝来したことを示す仏教具などがみられ、江戸時代にはこれらが洗練され、文様文化の一翼を担うように様々な器物に展開されている。近世末期以降現在では、イタリアやフランスの王宮でも盛んに用いられた、西洋風の唐草模様が好まれているようである。
装剣小道具においても時代による特徴や変化はあるが、中には、創意が盛り込まれて唐草らしからぬ図柄とされた例が散見される。江戸時代後期には意匠化の進んだ唐草も多いが、今回は比較的時代の上がる唐草を紹介する。
 室町時代初期の作と推定される、写真@の鐔をご覧いただきたい。数ミリほどの幅の赤銅地を葵木瓜形(あおいもっこうがた)に仕立て、表面には波文を一面に彫り出して水飛沫を意味する金の点象嵌を散らし施している。この波文を背景に菊花と丁子の花を天地左右に布置し、金の色絵を配して色彩に変化を求めた、太刀金具風の作である。
 鐔の構成が唐草にあることはもちろん容易に判断できるのだが、同時にそれが立波のぶつかり合う様子として捉えられている点が興味を引かれるところである。陰影は、蕨手(蕨の葉の蕾がむくむくと頭を上げかかっている様子)の立ち上がり、あるいは蔓性植物の延びゆく様子を基礎としたもので、この蕨手(立波)と鐔の耳(輪郭)とが造り出している透かしの空隙部分には、天地左右に開いた葉(葵木瓜の構成要素)が示されているのである。
 写真Aは、これも赤銅地を草体化した葵木瓜形に造り込み、龍のようなS字形と瑞雲を想わせるC字形の曲線に、点の複合になる文様を金の象嵌で表わした鐔。作者は徳川家康に仕え、永く失われていた着色素材でもある古代の七宝象嵌の技法を復元し、富嶽図などを鮮やかに描くを得意とした、桃山時代の平田家初代彦四郎道仁(〜一六四六)である。
 印象は風変わりだが、文様は唐草の変形。即ち、蕨手状のS字形を向かい合わせ、太刀鐔の一様式である葵木瓜形鐔の四隅に構成されることの多い猪目(ハート)形の崩し模様を創造し、櫃穴周りの装飾としているのである。
 古典的な鐔に新しい美の構成を試みたものであろう、金を効果的に用いて華やかさを強調し、桃山という時代性を良く示した、奇抜なほどに独創性に富んだ作品である。
 室町時代前期と桃山時代では刀剣を装う意味が異なるのだが、いずれも、装剣金工が職人としての立場を超え創作者としての意識を見せはじめ、あるいは彦四郎道仁のように確実に芸術性を追求した工が存在したことを改めて感じさせる作品である。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.