装剣小道具を楽しむために 27

Tsuba
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古金工
Kokinko

唐草が秘める渦巻の力



写真@ 翡翠把金銅唐草文刀子 長さ310ミリ




写真A 金銅鳳凰宝相華文兵庫鎖太刀 甲斐武田〜安芸武田〜周防武田家伝来 鎌倉時代


写真B 芦に水鳥図目貫 無銘古美濃 室町時代 金無垢地容彫 39.2ミリ



写真C 葡萄唐草文図笄 無銘古金工 室町時代 山銅地高彫金露象嵌 長さ238ミリ (注…モアレが生じています)


写真D 唐草文図鐔 無銘埋忠 桃山時代 山銅地銀象嵌 縦91.5ミリ



写真E 藤花文図小柄 無銘古金工 桃山時代 赤銅魚子地高彫金色絵 長さ96.2ミリ (注…モアレが生じています)


写真F 夫婦鶴図鐔 無銘加賀 江戸時代 赤銅魚子地高彫金銀色絵金平象嵌 縦69ミリ (注…モアレが生じています)

 自然が持つ力、つまり人間の意思を得ずに自然が自然のままに動き働かせる力の行方あるいはその有り様は、観察が可能な範囲の巨大なものでは銀河系外宇宙の星雲や太陽系宇宙の星の動き、地球的規模では台風などの動き、また、雲の流れや雨後の河の濁流、身近な事象としては炎の巻き上がる様子などによって感じ取ることができる。
 これら挙げた例に共通しているのが、渦巻運動であることは容易に気付くであろう。太古の時代においても、人々が自然の力の有り様を渦巻く力の方向性として感じとっていたことは、古代の器物に渦巻文や巻蔓文が配されていることによって知ることができ、これにより、渦巻は人類にとって極めて初期の文様であることが考察されている。
 例えば縄文時代の土器にみられる文様。縄目文や火炎状の流動的文様でも知られるが、明確な渦巻文も多数みられる。
古代中国においては、先史時代の仰韶(ヤンシャオ)文化(紀元前四〇〇〇頃)にみられる彩色土器に流文があり、時代が下がって古代中国の商の時代(紀元前一三〇〇頃)の遺物に多くみられる饕餮(とうてつ)文は渦巻が顕著である。饕餮文は直線と曲線になる螺旋風あるいは唐草風の組み合わせで、想像上の奇怪な動物の顔が構成されている。多くは食物を入れる容器にみられ、後に簡略化されて簡潔な線の連続となり、現代では中華料理の器の文様などで良く知られるそれとなっている。
 自然の中に存在する渦巻は、蔓性植物の成長運動においても知ることができる。この蔓性植物の文様化が、ペルシャにおいて特徴的に唐草文として発展し、古代のシルクロードを通じてわが国にも伝えられたと考えられている。
 ところが、この文化は、多くの場合、各中継地域の文化をも抱合し、新たな様相をそこに映し出す。殊に仏教思想の影響は強く深い。
 その例が、写真@の西洋風の小刀の拵。翡翠製の柄を備え、鞘は鮫皮で包んだ表面に金色の点の連続模様になる花唐草が網状に施され、口金と鞘尻金具には古拙で簡素な薄肉彫による宝相華唐草文が描かれている。金具類はすべて銅に金の鍍金を施した金銅(こんどう)製。
写真Aの鎌倉時代の兵庫鎖太刀(ひょうごぐさりだち)に施された文様も、複雑な唐草に宝相華文を組み合わせたもの。この頑丈な金属製の拵の太刀は武家の台頭が顕著な鎌倉時代の武士が用いたもので、我が国で創案され発展したものと考えられるが、文様の独創にまでは至っていないことが知られる。
 写真Bは室町時代後期の芦に水鳥の図目貫。芦の様子を曲線的な構成としており、この意匠の背景に唐草があることは明確。金無垢地を容彫にし、図の周囲や間隙を透かし去っている。これは美濃彫と呼ばれる写真Cの唐草文図笄の極端な高彫手法と同様、主題をより鮮明にするための工夫である。
 写真Dは桃山時代の埋忠(うめただ)の鐔。明壽に代表される埋忠派は京都の金工で、伝統的な着物や装具などの文様とも影響し合い、独創的で華やかな、あるいは後に流行した琳派に通ずる美観を展開した、江戸時代の諸金工の草分け的な存在。唐草を簡潔に捉えたこの鐔は、地に日足鑢(ひあしやすり)と呼ばれる放射状の細線を施すことにより強い動きを生み出させている。日足鑢の揺れるような曲線もこの図の要点である。
 写真Eは桃山時代の金工の小柄。藤の花蔓を題に得、漆黒の赤銅魚子地に高彫金の色絵で鮮やかに描き表わしている。藤はもちろん蔓性植物の代表。花房も唐草風の曲線に描いて妖艶な動きを与えている。この作品で興味深いのは、小柄の造形を藤の種鞘に見立て、尻を円く造り込んでいる点。蔓だけでなく、花房が連なり先端が小さくなっていく様子も無限を想像させよう。
 写真Fは江戸時代後期の、唐草を装飾の一部に取り入れた鐔。主題は、長寿の象徴でもある夫婦鶴。その遊ぶ様子を描いて蓬莱(ほうらい)の如く表現している。因みに蓬莱の思想は古代中国の道教に源があり、これが我国の自然観と融合し、近世において和風に展開されているのである。赤銅地を木瓜形に造り込み、立体的な高彫に金銀の色絵を施し、耳の周囲に金の平象嵌にて簡潔な線状の唐草文を廻らしている。
 このように、唐草文はいずれも渦巻を暗示する曲線とその繰り返しによって構成されている。そして唐草文は、無限という概念を意識させる意匠であることに気付くであろう。永遠の生命。自然の秘める力が、成長する蔓草の姿を借りて表現されているのである。

注…作品の表面が均等に揃った点や線の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.