装剣小道具を楽しむために 26

Tsuba
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古金工
Kokinko

古金工の魅力



@ 八重桔梗紋図鐔 無銘古金工 縦77.7ミリ

 
A 秋草図鐔 無銘古金工 縦68ミリ

 
B 黄石公図鐔 無銘古金工 縦72ミリ モアレが生じています


C 唐花唐草文図小柄 無銘古金工 長さ97ミリ

 古金工(こきんこう)と称される、捉えどころのない作品群がある。桃山時代以前の時代の遡る諸金工の、後藤諸家や古美濃などの特徴が顕著な作品を除いた、分類が困難な作品を指す言葉で、金工流派としての分類を示すものではない。これが故に製作の背景や製作地などが不明確で、作者個人の姿が想像し難いところから過小に評価されがちである。
 ところが、江戸時代の洗練美とは異なった、時代が上がる故の古風な美観に優れたものも多く、それらは、刀で言うなれば古刀(戦国時代以前の作)に相当する魅力溢れた作。古刀に地域的な特性が見出せるように、視点を変えることにより、古金工にもあるいは新たな分類の方法が見出せるかもしれない。それ以上に、実際に作品を観察している中で、作品個々に潜んでいる美の要素を発見したときには感動することがある。
 上古時代の金属文化に始まるともいえる金工だが、我が国では仏教美術の伝来以降に装飾として強く認識されるようになった。仏教は、唐草文様に代表されるように、古代インドのみならず西洋を含めた美術様式を我が国に伝えたのである。これら仏師から派生した諸金工が貴族の飾剣や寺院の剣の外装を製作し、時代が降った鎌倉時代には武家が用いた厳物造太刀等を製作したと考えられ、それ故に装飾の要素は、仏教に関わりのある宝相華(ほうぞうげ)であり、唐草であり、聖獣であり、また、古代中国の神仙の思想を受け継ぐ諸物であった。
 写真@は室町時代初期の、高位の武家の注文で製作されたと思われる鐔。張りがあって力強い造り込みの赤銅魚子地(しゃくどうななこじ)に、高彫による古風な唐草文が網目のように廻らされ、その所々に八重桔梗の紋所が金のうっとり色絵(注)で配されている。家紋の桔梗は重厚な趣があり、わずかに高い耳の構造も貫禄がある。後藤家以外にも、武家に仕えていた高い技量を持つ金工があったことを匂わせる作品である。
菊花、桔梗、撫子を描き表わした写真Aの鐔は、文様から絵画風表現への過渡的な位置にある作。表は秋の野をその草むらから眺める構成、これに対して裏面は古典的な唐草文。それぞれの図柄部分は彫り際が直角に立って肉高く、背景の魚子地部分が一段低く感じられる表現手法。古典を写していながらも図柄表現に独創性がみられる点、耳に篭目文を廻らしている点などから、芸術意識が芽生えた桃山時代の製作と考えられる。
写真Bは、室町時代に隆盛した謡曲の題材を絵画表現した桃山頃の鐔。表は古代中国の武将張良(ちょうりょう)の、出世伝説の場面。裏は我が国の木賊刈(とくさがり)の図。いずれも赤銅魚子地高彫に金の色絵を施し、わずかに銀色絵を加味している。装剣小道具への絵画的表現は後藤宗家四代光乗(こうじょう)の頃からみられ、大きな流れで同時代と考えられる鐔工金家(かねいえ)などとの関連からも、桃山時代は諸金工にとっても時代の転換期であったと考えられる。
写真Cは、唐草の線が立体的に組み合わさっているかのように、極めて肉高く主題の唐花と唐草を彫り出した小柄。花の部分は時代の上がる金工に間々みられる文様化された唐花ではなく、きわめて写実的に瓜を想わせる花を表現している。背景は魚子地に金の色絵。漆黒の赤銅の唐草上に金の花を咲かせて素材の美を強調している。
このように、簡単に古金工と呼ばれる作品であっても、それぞれに鮮やかな特徴が見出せるのである。

注…細密な鏨を加えた高彫の表面に金の薄い板を袋のように被せて密着させ、その表面にさらに鏨を加えて下地の彫刻を際立たせ、被せた金の板は図像の際で固着する技法。時代の上がる色絵の手法の一つ。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.