装剣小道具を楽しむために 25

Tsuba
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古甲冑師 ・ 林又七
Kokachusi ・ Hayashi Matashichi

透鐔の美学



@文透図鐔 無銘 古甲冑師 縦92ミリ


A菊花透図鐔 無銘 甲冑師 縦113ミリ


B遠見松透図鐔 無銘 林又七 縦85ミリ


C三羽鶴透図鐔 銘 忠重作 縦84ミリ

 使用目的が全く同じ道具であっても、使用者の意識によって意味や用途を大きく変ずることがある。その好例が透かし鐔と言えるであろう。
 簡潔な文様を、陰陽の透かしによって表わした鉄鐔を透かし鐔と称する。車輪のような単純な放射状の意匠になる鐔が古墳時代の直刀にみられるところから、これを透かし鐔の起源とする説もあるが、古墳時代の直刀と日本刀の間における文化の連続性は疑わしく、室町時代に隆興した透かし鐔の歴史は、鎌倉時代以降の鉄鐔に施された、小さな陰影の透かしに始まると推定される。
 元来、鐔は刀のバランスを調整するを第一目的とし、かつ拳を護るための金具であった。特殊な例ではあるが、戦国時代の刀には鐔のないものがあり、そのほうが操刀上有利であるといった考えもあったと思われる。また、拳を保護するためだけのものであるなら、宮本武蔵が製作したような大きな透かしが施された中形の鐔は危険性が強い。ところが、最も頻繁に刀が用いられたと考えられる戦国時代の打刀の鐔の多くが透かし鐔なのである。
 武蔵が自作し、戦国時代の剣豪塚原卜伝が透かし鐔の使用を勧めている一方で、剣術の流派によっては、鞘を持つ手の様子が鐔の透かし部分から相手に見られ、鯉口を切る(刀身を抜く)瞬間が相手に悟られてしまうため、この類の鐔は実用的でないとする見方もある。ここが使用者の意識の現われどころで、武芸の興味深い点とも言えよう。
 我が国には陰陽に図案化された家紋があり、この文様に対する美の追求が、鐔の表現に少なからず影響したであろうとの説は想像の域を出ないが、現実に甲冑師鐔や刀匠鐔の小透かしは家紋風であり、初期の透かし鐔には家紋が意匠されたものが多々ある。
 刀匠鐔などの小透が図柄として変貌したのは、応仁の乱以後に隆盛をみた東山文化、将軍足利義政による独自の文化色が強められた中でのことと考えられる。推測の域ではあるが、後に正阿弥と呼ばれる金工の一群が出ていることも、足利家に仕えた某阿弥と称する同朋衆と何らかの関連があろう。
 以降各地に伝えられた文化は地域の武人の美意識を映し出し、特徴顕著な透かし鐔の発生へと繋がっており、江戸時代に至っては、さらに透かしの文様は美意識が求められて様々に工夫され、その文様が独立した美として完成の域に達しているのである。
 写真@は鎌倉時代に起源が遡ると考えられる、小透の施された鐔。掲載例の鐔は室町時代に製作されたものと推定され、一般に古甲冑師鐔と呼ばれている。家紋の簡潔な透かしや文様風の素朴な小透かしが特徴である。
 写真Aは足利尊氏(近年の研究では高師詮)と伝えられてきた、京都国立博物館蔵の騎馬武者像が手にする大太刀の鐔と同趣の鐔で、耳の形状と放射状の透かしは菊花を意匠している。
 写真Bは江戸時代初期の肥後国林又七の手になる、遠見松を大胆に意匠した作。肥後金工には茶の美意識が下地としてあるが、その風合いよりも、鐔という平面的な場であるにもかかわらず、立体的造形感覚が窺える点に新鮮な魅力が感じられる。
 写真Cは江戸時代中期の江戸の鐔工赤坂忠重の、平面に造形が集約された作品。ここでは生命の象徴でもある鶴の姿を捉えているが、生命感よりもむしろ陰影の美しさが追求されている。

 以下に魅力的な透鐔の作例を追加紹介する。
 Dは時代の上がる赤坂の作で、雅趣のある植物を文様化し、独特の透かしの切り口で表わしている。
 Eは文化の中心である京の雅を漂わせる、繊細な線が特徴でありまた魅力の鐔。糸巻状に斜に画面を切っているのは干網を意匠したものであろうか、見事な構成美となっている。
 金山鐔の図柄は意味がよく分からない例が多い。Fの鐔はM字形の線を意匠の要とし、下方に雪輪のような構成を加えているところから、後の鑑賞者である我々は、櫨の枝と実と考えた。苦肉の呼称である。
 江戸時代中ごろには歌舞伎の演題が文様化されることがあった。Gの鐔もその例で、平安時代の菅原道真が大宰府に左遷された歴史上の出来事を題に採った歌舞伎が『菅原伝授手習鑑』。その登場人物である松王、梅王、桜丸の名を植物そのままに意匠したものである。
 Hは上下に鶴を向かい合わせ、その間に松皮菱の家紋を陰の透かしで意匠している。優れた構成美が感じられる。作者は、江戸時代後期の肥後金工、神吉楽壽。
 Iも江戸時代後期の肥後金工神吉派の作。簡潔な輪の組み合わせに桐紋を添えただけの簡潔な意匠が魅力である。


D文透図鐔 無銘古赤坂


  
E雁金繋透図鐔 無銘京透



F櫨透図鐔 無銘金山


G菅原透図鐔 無銘土佐明珎



H対鶴透図鐔 無銘楽壽



I輪違桐紋透図鐔 無銘神吉


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.