装剣小道具を楽しむために 22

Tsuba
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後藤程乗・利壽
Goto Teijo ・ Toshinaga

虎の児渡し図は禅の教え?






@虎の児渡図小柄 銘 程乗作 光美(花押) 96.2ミリ (注 写真にモアレが生じています)





A虎の児渡図小柄 銘 利壽(花押) 99.2ミリ

 京都南禅寺の方丈には狩野探幽の作と伝えられる水呑虎図襖があり、これと関連させたものであろうか虎の児渡しと題された、小堀遠州作と伝えられる禅寺様式になる枯山水の庭園がある。
 綺麗に掃かれた白砂を川の流れに、大小の岩を親子の虎に見立て、松樹は添景、背後には比叡の山並みを借景として採り入れた巧みな構成。背を丸くした虎の姿を岩の形に求めたものであろう、具象的な空間構成ではないが、岩が持つイメージが、妙味ある空間を創出する大きな要因ともなっている。
 龍安寺にも虎の児渡しを意味すると云われている石庭がある。ここでも大小十五の岩が白砂の上に配置されているが、南禅寺のそれとは趣が異なり、より抽象的な風景とされている。もっとも、龍安寺の場合には、観賞者による自由な発想が許されており、近年には秋の夜空を飾るカシオペア座を意図したものという研究も発表されている。
 写真@は後藤宗家九代程乗(一六〇三〜一六七三)の作であることを、同十五代光美が極めた虎の児渡し図小柄。赤銅魚子地を高彫とし、波立つ川を象徴的に描き、子を背にして川を泳ぐ母虎と、対岸で待つ子とを独特の力強い鏨使いで彫り表わし、金の色絵を要所に配して印象深い場面に仕上げている。
 写真Aは江戸の町彫金工の祖の一人、奈良派の利壽(一六六七〜一七三六)の同図の作で、鉄地を粗い石目地に仕上げ、高彫に金の象嵌を施した作。顔が引き締まって鋭く、鼻が強く張っているところに特徴が良く現われている。
 さて、ここに描かれている図も、龍安寺や南禅寺の庭園が意味する虎の児渡しの場面も、実は禅問答の公案であると云われている。
虎には、時に獰猛な性格を持った子が生まれることがある。これが彪で、親の姿がないと兄弟すら食い殺すことがあるため、親は彪と子虎の傍らを離れないという。このため、二匹の子虎と一匹の彪を連れて川を渡る際にどのような順序で運んだら良いのであろうかという意味を持つというのである。
 ところが答えは簡単明瞭。この問いから禅僧が苦悩するような、あるいは想像を逞しくする新たな思考の広がりは見出せそうにもない。このように答えを導き出してしまうと、逆にこの図の不思議さがより強く感じられてくる。
 また、子虎の数は、程乗では三匹だが、利壽では二匹のみ。数が足りない。
 龍安寺の石庭には大小十五の岩が配置されているのだが、眺める位置を変えても、その内の一つは必ず他の岩に隠れて十四しか見えない。これは、虎は子を渡す際には必ず隠すところからであるとも云われている。足りないのはこれに通じているのであろうか。
 そこで一歩引いて眺めてみた。すると、随分思いが過ぎているのではないかと感じられてきた。つまり、「この十五の岩が配された庭の意味するところは如何に」が案であり、「虎の児渡し」とはその解の一つなのではないか。
 武士社会に深く影響を及ぼした禅の教えは、「瓢箪鯰図」のように間々装剣小道具に表わされることがある。程乗の、そして利壽の虎の児渡し図が、先の公案の解として表現されたものであるとしたなら、この図の背後に、いかに大きな世界が秘められているのであろうか。そしてまた、我々が見過ごしている他の難解な図にも、禅の公案の答えが示されたものがあるのかもしれない。

注…作品の表面が均等に揃った点や線の連続である場合、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月間『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.