装剣小道具を楽しむために

Tsuba
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後藤程乗
Goto Teijo

羅城門図に見る武家意の意識







羅生門図三所物 銘 程乗作 光孝(花押)
小柄・笄 赤銅魚子地高彫色絵裏板金地 小柄 長さ96.5ミリ 笄 長さ210ミリ 
目貫 赤銅地容彫色絵 表左右24.5ミリ 裏左右37.8ミリ
附 明和三年光孝折紙 鴻池家旧蔵
(注…写真にモアレが生じています)

 鬼とは人間の心の奥底に潜む邪悪な意識の擬人化という認識が一般的であるが、平安時代の武家の台頭とその権力の拡大の時代においては実在がまことしやかに喧伝されていた。権力とは、敵対する者が明確にされ、それらとの対比によって確認されるもの。それ故に平安時代の武家は、武家や貴族社会にとっての敵、広くは都人にとっての敵、すなわち朝廷に従わぬ者などを遍く敵として鬼に擬し、これを駆逐するという意識を通じて自らの存在を明確にしようとしたのである。
 『平家物語 剣之巻』に記されている髭切と膝切の二振りの太刀が歩んだ道は、まさにこのような背景を浮かび上がらせるものである。
 源氏の宝剣として生を受けたこの二振りの内の髭切と号された太刀は、『平家物語』にもあるように、源頼光(みなもとのよりみつ)より渡辺綱(わたなべのつな)に下賜され、一条戻橋にて鬼との対決に用いられた。この伝承は後に説話化され、多くの鬼退治伝説が創作され、中世以降は読み物や歌舞伎を通じ、『羅城門の鬼』として、殊に渡辺綱の武勇伝として展開されている。
 この後藤宗家九代程乗(ていじょう・一六〇三〜一六七三)の作になる三所物の羅城門図こそ、武士の台頭を顕現させるもの、そして装剣金具は羅城門伝承を思想化するものにほかならない。武家の腰間を飾り、この金具によって装飾された刀を持つ者の戒めとされるに相応しい作品である。
 漆黒の赤銅地(しゃくどうじ)は黒雲起ち込める夜の闇、鬼の活動の場、すなわち鬼の潜む空域を暗示するに最適の素材。この作品では、魚子地(ななこじ)が微細であればあるほどにこの場を包む空気感が重く深くのしかかるように、しかも主題を明確に立ち上がらせる要素となっている。
 目貫は、鬼の気配に怯える馬と金札を抱える綱。抜き身の太刀を手にし、注意を払いつつ闇を進む豪傑の姿が量感のある容彫で描かれ、激しく地を蹴る馬の躍動感溢れる様子、綱の一文字にきりっと結んだ唇、闇の彼方に結んだ焦点、平安時代の特徴を映し出す華麗な甲冑の装飾、いずれも赤銅容彫(かたぼり)に金銀の色絵象嵌と微細な毛彫で表現されている。
 小柄は闇の中から突如として襲いかかる鬼と、それに対して微動だにしない綱の様子。兜を掴んで闇の世界に引きずり込もうとする鬼に、隙を窺って反撃の一瞬を探る綱の、両者の鬩ぎ合いがみごとな構成で描き表わされている。右手には黒雲に包まれた羅城門が、この状況の臨場感を伝えるべく描き添えられている。そして笄には反撃に転じ髭切で討ち捕ろうとするも、ついに闇に逃すこととなった綱が、赤銅魚子地に躍動感のある高彫とされ、桃山の時代的要素を充満させた後藤流の金銀の色絵象嵌で華麗に表現されている。
 本作は後藤宗家九代程乗の作であることを同十三代光孝が極め、折紙が発行されている。

注…作品の表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.