装剣小道具を楽しむために

Tsuba
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金家
Kaneie


装剣金工における山水図

 
@芦雁図鐔 銘 山城国伏見住金家作 鉄地丸形高彫象嵌金象嵌 縦88ミリ

 
A雨下老杉図鐔 銘 夏雄(花押) 鉄地泥障木瓜形高彫金銀象嵌 縦74ミリ

 
B山水図鐔 銘 長州萩住友恒作 鉄地竪丸形高彫 縦79ミリ

 装剣小道具には山水図が比較的多く見られる。古代中国の伝説や歴史人物を描く際には必要欠くべからざるものと言えるであろうが、桃山時代の金家が、人物を主題とした図を描く際にも必ずというほど山水を背後に描き添えており、定型化という我が国の伝統的絵画構成の意識さえ感じさせている。
 装剣小道具の山水図も絵画におけるそれと同様に、古代中国に源のある神仙の住む霊山への憧憬という意味があってのもの。それは室町時代の禅宗美術の隆盛に伴う山水図水墨画の大衆化に始まると考えられ、古くは、室町時代から桃山時代の正阿弥派(しょうあみは)や系統不明の古金工(こきんこう)の鐔に山水風景図がみられる。
 初期の山水図鐔は比較的古拙な表現で、中国と思しき険しい山並に雁などの飛翔する図、あるいは山水を背景に中国風人物の佇む様子を描いたものなど。多くは墨絵を手本としたものであろうか古寂な肌合いを呈する鉄地や赤銅魚子地を高彫とし、真鍮の象嵌や金の色絵を施した手法とされている。
 金家の山水図はこれを洗練させたもので、墨絵風図取りで鉄地を高彫にしている点は同じながら、京都近隣に取材したと思しき場面が多々見られる。それまでの山水図は、理想郷である神仙の住む伝説の地、あるいは瀧の落ちる深山を仙境に見立てて遊ぶ古代中国の人々の視点を描き出したもの。ところが金家はこのような古典的な意識から脱し、同時代の現実風景に題を求めたことが良くわかる。
 写真@は干網の見える川の流れと水辺に遊ぶ雁を前景とし、遠く霞むように連なる山並みを描き表わし、帰雁により、静かに暮ゆく時間のうつろいを見事に映像化している。この図は洛西を流れる桂川あるいは淀川に取材したものであろう。鉄地表面に生じた錆を画中に活かして景色としている。
 江戸時代の中頃になると、多くの芸術がより洗練され、また作者の意識が尖鋭化し、絵画の表現手法に独創性が追究されるようになる。
 江戸時代の絵画の大きな流れの一つである四条丸山派に絵画を学んだ金工の作品は、江戸時代末期の加納夏雄(一八二八〜一八九八)にみるような、洗練された筆致による大自然の表現とも言うべき象徴的絵画として完成している。
 写真Aの例は、風景を夏雄独特の視点で切り取り、総体を眺める図とはせず、意識を切り詰めて極限まで集約し、杉の木立を表に、裏には急峻な谷の様子を描いた作。
鉄地を木瓜形に造り込み、鋤下彫と金銀の象嵌によって沢を流れ落ちる谷水と吹きつける風雨を描き出しているが、実は、その背後には古代人が感じ得た自然神の存在が暗示されている。(京都貴船神社相生の杉参照)
 また、古典的風景観を下地にした作では、高彫による正確な図取りと遠近の描法で奥行と広がりを表現した長州鐔工の手になる山水図の作品群がある。
 写真Bがその例で、色合い渋い朧銀地を肉高く立体的に彫り出し、色金を全く用いない点は墨絵を意識しているものであろう。岩場に生える老松とひっそりと佇む居館、遠く霞む険しい山並み、川辺には農夫であろうか、古典的山水図に人物は欠かせない要素である。金家や正阿弥派の作風と異なるのは、長州鐔工の特徴とも言うべき丁寧で正確な構成、精巧緻密な彫刻表現になる点であろう。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.