装剣小道具を楽しむために

Tsuba
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河野春明
Kono Haruaki


梅花と・・・





 河豚に梅図小柄 印銘 三窓 朧銀石目地高彫金銀赤銅色絵 長さ98.3ミリ 

 河野春明(一七八七〜一八五七)の、梅に河豚の図の小柄を紹介する。季節の風物としての取り合わせで、江戸の洒脱な美意識が窺え、風俗図とも言い得る構成となっている。
 身を切るような冷たい北風に耐えて可憐な花を咲かせ、過ぎることのない香りを漂わせる梅の花は、色彩に乏しい冬枯れの木々を背景に控え目な季節感を示す。他を押しやるような強さを感じさせないが故に好まれ、金工においても広く画題に採られている。
 梅花には、雪曇りを背景に淡い色を添えた風景図や同じ頃に花をつける椿との取り合わせの図、あるいは月を印象深く見せる要素として採り入れた図などがある。他の多くの梅花図も風景の一部として構成されており、いずれも冬を意識させる組み合わせである。
 そして、歳寒三友(さいかんさんゆう)や歳寒仙侶(さいかんせんろ)などの雅題があるように、往昔の武人が己に課したであろう清潔であらねばならないという思想が、梅の花弁に、そしてその咲く様子に窺えるのである。
 江戸時代も降ると自由な感覚を潜ませる風潮が高まり、俳諧味を漂わせる作品が見られるようになる。ここに紹介する小柄も、雅と飄逸なる河豚との取り合わせに新たな感覚を見出したもので、図柄としては極めて単純であって面白い。組み合わせが愉快で、武士の腰の物を装う金具らしからぬ楽しさが感じられるのである。
 因みに、江戸金工岩本昆寛(こんかん)には水藻に河豚を描いた小柄があり、春明と同時代を生きた歌川廣重の『魚尽』連作には、梅に河豚図があることを書き添えておきたい。
 作者の河野春明は江戸金工横谷(よこや)派の流れを汲む柳川直春(なおはる)の門人で、写実的表現になる華麗な作風を専らとした工。古典和歌の再現や、本作のような江戸好みの風物、和漢の歴史人物図などもみられる。その一方で、四十歳を過ぎてから東北地方を遊歴し、仙台、会津若松、鶴岡などに滞在して作品を遺し、一度は後江戸に戻るも再び旅に出、晩年は越後を巡り、彼の地に没している。まさに取材に徹した旅の人である。
 ここに紹介する小柄の下地は、表面が微細で穏やかな起伏のある石目地仕上げとされた色合い明るい朧銀(おぼろぎん)地。朝日を受けた淡雪のように柔らか味のある光を反射し、主題である河豚と梅樹を浮かび上がらせている。
 河豚は地板と同じ朧銀地で、特徴的な量感のある身体をふっくらとした高彫で表わし、ごく薄い金の色絵を施した上を擦り剥がし(すりへがし)処理することにより色合いに抑揚変化を求め、ごく浅い打ち込みによる斑紋部分と鰭の脇には金色絵を残して立体感を高め、腹部には金四分(きんしぶ)の色絵を施している。前方から見た顔も立体的描写で特徴が良く示されており、半ば開いた口などにも動きがある。目は金色絵に光沢の強い赤銅象嵌で生気に溢れている。
 屈曲した梅樹は高彫に赤銅色絵とされ、苔生した様子、古木の様子と表皮の質感までも丁寧に表わされている。開き加減の全て異なる花は立体的に彫り出され、花弁はごくごく微細な石目地に処理された銀色絵、花蕊は金、裏側からの描写も違えてあり、極微小空間ながら、その繊細緻密な彫刻技術にただ驚かされるばかりである。
 裏板は磨地(みがきじ)として斜に金を割継(わりつぎ)し、飄逸な感のある三窓(さんそう)の号を印銘(いんめい)風に平象嵌(ひらぞうがん)で添えている。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.