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Tsuba
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後藤栄乗
Goto Eijo


錣曳図に見る武士の姿


@ 無銘 後藤栄乗 赤銅地容彫金銀色絵 表27.8ミリ 裏25.3ミリ 附 光孝折紙


A 無銘 後藤顕乗 赤銅地容彫金銀色絵 表28ミリ 裏25.5ミリ 附 光侶折紙

 群れて押し寄せる軍兵が描かれた激動の感のある初期の合戦絵巻から、登場する人物像が明確な、所謂名場面が切り出されて独立した主題の絵画表現へと変化してゆく背景には、室町時代に隆盛をみた謡曲の存在を忘れることができない。
 浄土思想が鮮明に示された『平家物語』が謡曲の題材として採られたことは良く知られている。常に死と隣り合わせに生きた戦国武将は、謡曲によって理解が容易となった浄土思想を自らに投影することによって己の死生観を確認した。その一方で、戦という特殊な状況が生み出した様々な出来事を再認識し、これを源平の伝承に擬え、絵画に暗に表現して刀の装いとし、自らへの戒めとしたのであった。
 写真の目貫に描かれた、源氏方の三保谷十郎と平家の猛者悪七兵衛景清の対決譚である錣曳(しころひき)の図も、屋島の平家軍と、これを急襲した義経軍の対峙の中で生まれた伝承の一場面。不利を承知で敵軍中に単身乗り込んだ景清と、その怪力によって組み伏せられ錣を引きちぎられた三保谷の対決は、結果はどうであれ、長く語り伝えられ名場面として結晶化し、遠く時代の降った江戸時代の武人にも武士の採るべき行いとして評価されたことは言うまでもない。
 目貫の製作は後藤宗家六代栄乗と、その子で七代を襲った顕乗(けんじょう)で、全く同図構成になる資料価値の高い作。代を継いで同じ図が製作された例は龍や獅子図で顕著だが、これら伝統的な図柄にも増して、源平合戦図には代々伝えねばならない武家の意識が窺いとれる。源平合戦に題を得た作品は五代徳乗の頃からみられるが、これを受け継いで伝統的な作品として定着させてゆく過程を、さらに言うなれば、画題の素材としての一場面が名場面に昇華してゆく過程を、この同図になる目貫に俯瞰することができるのである。
 いずれも漆黒の赤銅地を下地として桃山時代の気風を映し出して華麗に表現されているが、@の栄乗の作は彫り出した肉高の部分に量感があり、身体の描写もふっくらとした感がある。Aの顕乗の作は、頭部が栄乗に比してより打ち出し強く肉高く彫り出されているが故に立体感に溢れ、しかも図柄の際端が絞られてくっきりと際立って見える。いずれも装飾性に優れており、小札や甲冑の細部まで彫り出して金の色絵が映えるよう生かし、顔は銀の色絵で格調が高い。人物の表情は後藤家が手本とした能楽に由来するものであろうか、引き締まっている。



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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.