装剣小道具を楽しむために

Tsuba
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信家
Nobuie


指先に感ずる美


 
花文散図鐔 銘 信家 鉄槌目地木瓜形鋤下高彫 縦78ミリ

 鉄鐔の魅力は、自らの素手で触れ、その重みと表皮が持つ質感を直接指先に感じとることができる点にもある。つまり、触感にて鑑賞する美である。
 金工作品の多くは、赤銅(しゃくどう)や朧銀(おぼろぎん)など極めて変質し易い材料であるところから、保存上素手で触れることは禁物である。その点、鉄鐔は鉄に錆と漆の複合によるものであり、素手で触れても美観を損なう危険性は少ない。
 このような質感が愉しめる鉄鐔は、江戸時代初期以前の、実用の時代に製作されたものが多い。鍛造による鎚の痕跡が表面に残されているもの、鑢目などの表面処理が為されているもの、焼き入れや焼き鈍しが施されたものなどがあり、それぞれ質感が異なる。
 高彫()たかぼりに色絵(いろえ)や象嵌(ぞうがん)などの手法で主題が表現された鐔においては図柄の彫刻が魅力の要点となるが、ここでとりあげる地鉄(じがね)の美観とは本質を異にする。
 これらの鉄鐔は明らかに彫刻の芸術ではなく、素焼の茶器の美観に似ており、視覚のみならず指先で愉しむ点でも同趣である。
 鉄地の魅力を引き出すために鐔工が施した地文(じもん)なども鑑賞の要素となるが、最も重要な点は鉄の自然な肌合い。例えば焼手腐らかし(やきてくさらかし)による肌合いは、美観の創造以前に、焼き入れという技術があり、そこに思いもかけぬ景色が発見されるのである。硬軟、質を異にする鋼を鍛錬し、焼き入れによって現われた意図せぬ景観に美を見出す。それはまさに焼物における景色の発見であり、土と鋼という質の違いこそあれ、偶然に左右される要素も多いのである。
 茶器に意図せぬ景観を見出し、あるいは美を求める意識が定着したのは桃山時代。その根底にあるのが、百年ほど時代の遡る村田珠光(一四二三〜一五〇二)による冷え枯れた意識を鮮明にする茶の創造。天目茶碗などのような高級感のある唐物茶器の魅力とは異なる、信楽や備前、井戸など雑器の中に見出された美である。時代は東山文化隆盛の十五世紀中頃で、この感覚は、利休(一五二二〜一五九一)により侘茶として完成され、後に装剣小道具においても広がりをみせるのである。
 鉄鐔の魅力の一つが鉄骨(てっこつ)である。鐔の表面に地を突き破るが如く現われた、色合い黒く光沢強い瘤状あるいは筋状の異鉄部分をいう。その武骨な様子は焼物に見られる窯変に似ており、井戸茶碗にも通ずる魅力と言えよう。これも指先で鑑賞する働きである。
 桃山時代を代表する鐔工信家の作品の多くは、表面に地文が毛彫(けぼり)あるいは鏨の打ち込みによって成されている。しかもこれに鍛造による自然な鉄骨と錆、そしてこれに擦り施された漆が働き合って意図せぬ肌合いが生み出されているのである。これが茶の意識を通じて創出されたものであることは、時代背景から容易に想像されよう。
 写真の鐔がその美観を露にした好例。表面には鍛えた際の鎚目を鮮明にし、耳を打ち返して肉厚く造り込み、耳の周囲に露出した瘤状の鉄骨など総てが美観の要素。桜花文や菊花文を鋤彫と毛彫の手法で彫り描き、地面の自然な肌合いに溶け込むよう構成している。
 鉄骨の現われた透鐔の始まりは十五世紀初期以前であるように考えられているが、茶器が示す美観との関係から、この趣の鐔が村田珠光の茶に先行するものであろうか今後の研究に委ねたい。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.