装剣小道具を楽しむために

Tsuba
目次 Contents
銀座長州屋 Web Site



土屋安親
Tsuchiya Yasuchika


冬の印象




 



雪持笹図縁頭 金象嵌銘 安親(花押) 赤銅地高彫金銀素銅色絵 縁43ミリ 頭38ミリ


  江戸時代には普通に使われていたであろう言葉や風習が、次第に用いられなくなり、現在では全く意味がわからなくなっている例が頗る多い。
 ここに紹介する縁頭(ふちがしら)に彫り表わされた文字もその一つ。さらには縁頭そのものが、何のための金具であるのかを知る人が少ないのも現実である。
 縁頭とは、刀に装着する柄(握部)先端の頭と、鐔に接する位置に設けられた縁になる二つ一組の金具で、柄の強度を増大させ、美観を高める目的がある。拵(こしらえ・刀の外装)様式による違いはもちろんだが、武術の流儀によっても大きさや形に差異がみられ、肥後拵(ひごごしらえ)などには、刀を抜かずに柄の先端で攻撃する際の、先端が尖って堅牢な仕立てとされた鉄製の頭金具の例もある。鐔や小柄(こづか)など他の装飾性の高い装剣金具に比してより実用性が問われた故であろうか、構造も制約されているのが普通である。
 ところが、土屋安親(一六七〇〜一七四四)が製作した、ここに紹介する縁頭のような、極めて特異な造形のものも存在することを述べなければならない。
 そもそもこの縁頭は、江戸時代中期の正徳年間に安親が仕えていた陸奥守山藩松平大学頭頼貞の意を受けて製作された、頭の先端を屋根のように角張らせて量感を持たせ、下部を絞って緊張感を高めた特殊な造り込み。これにより大学形縁頭の呼称がある。
 このサイトにおいて、これまでに数点の安親の作品を紹介しているが、図柄については、伝統的な文様から最新の文様、古典に題を得た儒教思想の窺える唐人物、写実的風景、日常の小景など多彩で、いずれも独創性に溢れている。
 実は、この縁頭の造形そのものが安親の創案であり、地造りの手法、彫刻手法、色絵象嵌の手法すべてにおいて劇的とさえ言えるほどに完成度の高い空間構成とされているのである。
 さて、この縁に彫り出されている文字について、これまでの研究によると、本の異字という説、あるいはコマイ(軒下に用いられる材木あるいは壁中に用いられる竹材の意味)の異字であるとも言われている。縁頭本体の家屋のような造り込みを考慮すると、礎石に立てられた柱木のようにも見えるものの、いずれ決定的な資料がなく、謎であるが故に興味がより深まる。
 この場で多くの読者のお知恵を拝借し、この縁に意匠された文字の読み方と意味を究明してみたいと思う。意味をご存知の方、あるいはご意見がある方はお知らせいただきたい。
 図柄は冬の木陰にひっそりと佇む笹の、なにげない光景。雪が降り積もってしなり、垂れかかる笹葉の様子には自然が秘める力強さが窺える。笹や竹は、雪に耐えるその粘り強さが好まれて画題にも多く採られるが、冬寂びた趣深い空間を演出する植物として、梅や松とともに描かれることも多い。
 赤銅地は色合い漆黒にして光沢あり、表面は微細な鑢目で抑揚のある筋石目地に仕上げられ、主題の笹葉の背後に流れる澄明な空気を暗示している。風のない木陰にあって、積もった雪を揺らし落とすことなく佇む葉は精微で巧みな高彫。葉脈と虫食いの痕跡は毛彫、叢斑の入りようと枯れかけた様子は金と素銅の平象嵌、雪は銀の色絵象嵌。静かに流れる時間のあり様を見事に視覚化している。


目次 Contents   銀座長州屋 Web Site


企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.