装剣小道具を楽しむために

Tsuba
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土屋安親
Tsuchiya Yasuchika


正月の印象


 
@正月飾り盆図鐔 銘 安親 真鍮地竪丸形高彫金銀赤銅色絵 縦73.3ミリ


A注連縄図鐔 銘 江川宗義(花押) 赤銅魚子地高彫 縦77.8ミリ (注…写真にモアレが生じています)

 正月は、いったいどこから来るのだろうか、筆者は幼い頃に不思議に感じたものであった。家は掃除されて綺麗に飾られ、一年に一度、遠方に住む親戚の人々が土産を手にして訪れることから、『正月』もこのようにやって来るのであろうかと考えたのである。
 新たな年が訪れるという認識は、季節が廻り、それに伴って生命活動が繰り返し行われるという、大自然の摂理を背景にしたもの。動物が自然の摂理によって繁殖することはもちろんだが、植物の発芽から開花を経て結実、そして冬枯れ、そこから再び発芽するという、輪廻の意識を明確にさせるのが年とりであり、正月である。
 この自然を拠りどころとする風土的意識を美意識に変化させた結果が、蓬莱飾り(ほうらいかざり)と呼ばれる我が国の伝統の一つである正月飾り、あるいは正月の風習の一つ『喰い積み』であった。
 蓬莱とは中国東北部より東の海中に位置する仙人の住むと伝えられた島。一年を通じて花が咲き様々な動物が棲むところから、古来あこがれの地として考えられ、江戸時代には蓬莱島をデザインした正月飾りが美へと突き詰められた。
 喰い積みとは蓬莱飾りから変化したもので、米や勝栗(かちぐり)などの栄養があり、しかも縁起の良い様々な自然の食べ物を盆などに飾りつけたもの。
 江戸時代中期の名工土屋安親(一六七〇〜一七四四)の手になる写真の鐔に描かれているのがその好例。丸い鐔を盆に見立て、勝栗・譲葉(ゆずりは)・田作(ごまめ)・榧(かや)、これに実をつけた万両(まんりょう)の枝が高彫表現されている。
 鐔は粗削りされた簡素な日常の盆。真鍮地を鋤き下げ、鏨の痕跡を強く残して鄙びた風情を鮮明にしており、表面は漆仕上げとされて艶があり、裏側は磨り傷んだ盆そのもの。
 万両の葉は赤銅で枝は金、実は素銅で赤味が強く、渋皮の剥かれた栗は朧銀で軟らか味のある肉質感、榧の実も独特の色合い、甘呂煮されたものであろうか田作は色合い黒く光沢のある赤銅、譲葉は控え目に表現されている。
 安親は、装剣小道具の装飾に古典的な文様や図柄のみならず、同時代の社会風俗に取材した様々な事物を作品としている。
 この正月飾りの図も、安親の生きた時代を表わしたものであろうか、あるいは、子供の頃に見た庄内地方の風習を想い描いて再現したものであろうか。現代では質素にも感じられるこの風景も、我が国の産物とこれを生み出した風土を良く示しており、実はこれが文化の中央である京都から伝えられたものであることを考えると、安親が遺したこの図の深層に伝統の広がりの過程が見え隠れしていて興味も一入である。
 また、正月の図として間々みられるのが、写真Aのような注連縄(しめなわ)に裏白(歯朶・しだ)である。神域を示す注連縄に純白の紙垂(かみしで)や裏白を下げる。
 この鐔は、赤銅地を丸形に造り込み、円周状に魚子を打ち施し、耳の周囲を注連縄に見立て、ここから鐔の中心に向かって垂れ下がる紙垂・譲葉・裏白を薄肉彫に表わしている。総体が洗練された文様風であり、漆黒の赤銅一色になる表現には重厚感がある。
 注連縄についても幼い頃の記憶がある。筆者は紙垂の下がった注連縄を暖簾と見たのであろう、正月はこれをくぐってやって来ると思い込んでいた。


注…作品の表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。


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企画 株式会社銀座長州屋  著作 善財 一
月刊『銀座情報』(銀座長州屋発行)及び『装剣小道具の世界』 (里文出版発行『目の眼』)連載中 Copyright. Ginza Choshuya. Hajime Zenzai. 2009.