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土屋安親 Tsuchiya Yasuchika デザイナーとしての金工 |
@ 浜千鳥図鐔 銘 安親 鉄地竪丸形高彫金象嵌 縦80ミリ
A 鳳凰図鐔 銘 安親 鉄地丸形鋤彫片切彫 縦87ミリ
B 十字井桁文透図鐔 銘 安親 真鍮地丸形肉彫地透 縦79ミリ
C 苫舟に帰雁図鐔 銘 安親 鉄地丸形高彫 縦78ミリ
横谷宗a(そうみん)・奈良利壽(りじゅ)・杉浦乗意(じょうい)と共に町彫の祖と尊称されている土屋安親(一六七〇〜一七四四)という金工には、遺されている数々の作品から、作家を超えたデザイナーと呼ぶに相応しい多面性が感じられる。それによって作品に対する視点の置き方も、他の金工達とは随分違ってくることであろう。 安親は江戸金工の奈良派の門で、その流派の基本である和漢の歴史物語や伝説の人物などに取材したように、古典に学んで写実的表現を成すところに特徴があるが、その一方で、自らの興味の対象となるあらゆる世界に触手を伸ばし、それらを題材に採って見事に作品化しているのである。そこには、同じ奈良派(ならは)という立場にありながらも、人物表現とその存在する空間描写を突き詰めた、同時代の利壽や乗意などとは異なった世界観を感ずるのである。 例えば奈良派には、室町時代の禅宗美術を基本にし、ここから金工へと発展させた、茶席で鑑賞される禅機画の代表的な画題である仙人や唐人物などの図が多く、いずれも人物描写は生命感の漲る写実的表現で、細部の彫刻はもちろんのこと、総体の構成から表情の描写まで、総てにわたって真に迫る気の有り様を感じるものである。 ところが安親のそれは、事物に肉迫し、現実を捉えながらもさらに主観に置き換えることによって想像を拡大する、表現の多様性と展開が窺い取れる。つまり表わされた作品には、デザインを追及したものが頗る多いのである。 安親にも古典的文様がある。古典的文様とは甲冑金具や太刀金具に施されたものをいい、多くは唐草や霊獣文。だが、安親のそれは武家金工後藤家(ごとうけ)のような古典的文様の展開ではなく、事物を意匠化し、時には心象的な表現を広げ、さらには特異な造り込みさえ創案している。そこには、武家の意識を表現するという本来の意味を超え、純粋に美術性を追求するという明確な意図があったのではないだろうかと想像は広がる。 写真@は浜辺に千鳥の舞い踊る様子を描いた作ながら、写実的風景として表わしたものではなく千鳥を文様として捉え、その展開としたところに風景画の装飾的表現がある。だが桃山時代に興った琳派のそれとは異なり、江戸好みの瀟洒な意匠ともいえるであろう。因みにこの趣の千鳥模様は、以降の多くの金工がアレンジしている。 写真Aは古典的な鳳凰を題に得た作品。鉄地を竪丸形に造り込み、大胆な意匠で四方の地を糸巻形に鋤き下げ、ここに鳳凰を片切彫(かたきりぼり)で表わしている。 写真Bは十の文字を井桁に意匠した作品。和歌などの文意を汲みとって文字表現したものではなく、また、絵画の文様化とは異なって明らかにデザイン化したそれ。真鍮地を素朴な石目地(いしめじ)に仕上げ、簡潔な意匠により、文字を文字として判読可能に表現している。 写真Cは浜千鳥図鐔と同様、水墨画を手本としたものであろう、しなやかな描線になる風景を、鉄地に澄明感のある薄肉彫(うすにくぼり)の手法で描き表わした作。元来は禅画として好まれた題であるが、安親の感覚を以てすると、江戸好みの瀟洒な文様的風景となる。 江戸時代中期、江戸の武人は次々に生み出される安親の奇抜な作品に新鮮な感動を受けて賞賛し、後の金工はこれを手本として新たな作品世界を模索したのであった。武士の意識が込められていた刀装具に、純粋美が求められるようになった頃のことである。 |
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