短刀
銘 津軽住人國俊造之
昭和五十五庚申年仲秋
(第四十五代横綱若乃花初代旧蔵)

Tanto
Signed. Tsugaru junin KUNITOSHI kore wo tsukuru
Showa 55 Kanoe Saru no toshi chushu

二唐國俊 青森県弘前市
昭和五十五年 74歳作

刃長 六寸二分七厘
無反り
元幅 七分三厘
重ね 二分

銀地一重ハバキ 白鞘入 附共箱

昭和五十五年青森県登録

250,000 円

Swordsmith : Nigara KUNITOSHI
Lived in Aomori prefecture
Forged in 1980, work at his74 years old

Hacho (Edge length) : 19cm
no curvature
Moto-haba (Width at Ha-machi) : 2.22cm
Kasane (Thickness) : 0.63cm

Silver single Habaki
Wooden case (Shirasaya)
Kiri box

250,000 JPY

 第四十五代横綱若乃花初代の旧蔵品。昭和五十五年、後進を指導しつつ、事業部長として春日野理事長(元横綱栃錦)と共に相撲協会運営に当たっていた頃、地元津軽の後援者から贈られた二唐國俊(にがら くにとし)の短刀。澄明端正な本作を眺め、激務の疲れを癒していたものであろうか。桐箱(注)に収められ、長らく花田家で保管されていた一口である。
 二唐國俊は本名を廣といい、明治三十九年、青森県弘前市に生まれる。堀井俊秀、栗原彦三郎等に学び、戦前は陸軍受命刀工を勤め、鋭利で実戦的に優れ、陸軍大臣賞を受賞している。高い技術を保持して精緻な地鉄に直刃の冴えた作を手掛け、戦後は弘前市紺屋町の鍛冶場で意欲的に鎚を振るい、新作名刀展では数々の特賞に輝いた実力者である。
 この短刀は、鎌倉時代屈指の名手粟田口國吉を念頭に精鍛されたとみられる一口。寸法の割に身幅が広く重ねも厚く、今尚深い刃区に生ぶ刃も健在。地鉄は小杢目肌が詰み澄み、地沸が微塵に付いて地底に地景が蠢き、鉄色が晴れ晴れとしている。古作を手本とした直刃の刃文は、小沸が付いて刃縁が明るく、刃中も匂で澄む。帽子は端正な小丸返り。茎は今尚白銀色に輝いて銘字が入念に刻されている。熟練の技が発揮された、小品ながら力強くまた美しい仕上がりとなっている。

注…桐箱には若乃花が自ら「刀」と書いた覚えの紙が付されている。なお本作は花田家から直接譲られたものである。