東京 明治二年 67歳作
刃長一尺二分九厘
反り二分
元幅九分五厘
重ね二分二厘
彫刻 表裏 腰樋
金着二重ハバキ 白鞘入
佐藤寒山博士鞘書
昭和29年長野県登録
特別保存刀剣鑑定書
Tokyo capital
Meiji 2
Work at his 67 years old
Hacho (Edge length) ; 31.2cm
Sori (Curvature) : Approx. 0.61cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 2.9cm
Kasane (Thickness) : Approx. 0.68cm
Engraving : "Koshi-hi" on the both sides
Gold foil double Habaki
Calligraphy on the wooden case (Shirasaya),
written by Dr. Sato Kanzan
Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK
固山宗次(こやま むねつぐ)は享和三年に陸奥国白川の刀鍛冶固山宗一の次男として生まれた。天保初年頃に江戸の名手長運斎綱俊に入門して作刀を学び、備前伝丁子乱刃を会得し、試刀家の伊賀乗重や山田浅右衛門に就いて切れ味を探求し、美しく、しかも刃味の優れた刀を完成させている。宇和島藩伊達侯や古河藩土井侯等上級武士の需に応え、また明治五年にはウィーン万博出品刀剣の製作を拝命するなど、日本を代表する刀工として高い名声を誇った。
この短刀は一尺を僅かに超える長さで、室内での危急に備えた一口。身幅が広く平肉が付いて量感があり、腰元に薙刀樋が掻かれ、その上の鎬地が大胆に削ぎ落されて鋭利な、洗練味のある好姿。小板目肌の地鉄は、均一に付いた小粒の地沸が光を反射し、晴れやかで精美な肌合いとなる。刃文は宗次が得意とした桜の花を想わせる備前伝丁子乱刃に房状の刃、小丁子の連れた刃を交えて高低変化し、淡雪のような沸がふわりと降り積もって刃縁が一際明るく、清浄な匂で澄み冴えた刃中に長い足が射し、美しいだけでなく刃味の良さを感じさせる。帽子は焼深く、表は突き上げ、裏は乱れ込み、横に展開して長めに返る。保存状態が良好な茎は錆浅く、鑚の底が白く輝き、確かな鑚使いになる銘字が付け止め鮮やかに刻されている。安政以後の、判で押したような丁子刃ではない、自然味のある刃文構成は宛ら天保の固山宗次を想わせ、古希を目前に控えた固山宗次の円熟の境地が示された優品となっている。
注…幕府御用鍛冶の石堂運壽是一、清麿高弟の栗原信秀も拝命(『栗原信秀の研究』)。