平造脇差
銘 大慶直胤(花押)
文政五年仲春

Hira-zukuri wakizashi
Sig. Taikei NAOTANE[Kao]
Bunsei 5 nen Chushun


武蔵国 文政 二百二年前 四十四歳作

刃長 一尺二寸六分半
反り 二分
元幅 九分九厘
重ね 二分一厘
彫刻 表 三筋樋・素剣 裏 三筋樋・梵字

金着二重ハバキ 白鞘入

佐藤寒山博士鞘書「備前物寫優作也」
『日本刀随感新刀編』所載
日本刀剣保存会優秀作鑑定書

昭和三十二年東京都登録
特別保存刀剣鑑定書

Musashi province
Bunsei 5(A.D. 1822, late Edo period)
202 years ago, Work at his 44 years old

Hacho (Edge length) 38.3cm
Sori(Curvature) approx. 0.61cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx.3㎝
Kasane(Thickness) approx. 0.64cm
Engraving: "3suji-hi" and "Suken"
on the right face (Omote)
"3suji-hi" and "Bonji" on the back face (Ura)

Gold foil double Habaki

Calligraphy on the Shirasaya, written by Dr. Sato Kanzan
"Bizen mono utsushi Yusaku nari"
Published in "Nihonto zuikan"

Tokubetsu-hozon by NBTHK
"Yushu saku (Excellent)" certificate
by Nihon token hozon kai

 大慶直胤(たいけいなおたね)は安永八年出羽山形城下の鍛冶町に生まれで、名を庄司蓑兵衛という。寛政十年頃江戸浜町の水心子正秀に入門。享和から文化初年に神田に独立し、後に下谷御徒町に居住した。師正秀より仕込まれた基礎と理論を下地に鍛鉄と焼入の研究を深め、備前景光や兼光、相州刀では正宗などの作に肉迫する名品を遺した直胤は、「出藍の誉れ」の言葉通りの名工であろう。
 この平造脇差は進境著しい四十四歳の、特別の需で備前兼光を範に精鍛された一口。兼光の時代に応じて身幅が広い割に重ねと反りを控え、ふくらをやや枯らした洗練の味ある姿。独創的で大胆な彫刻(注②)は、表裏棟寄りに丈比べの三筋樋、表の腰元に素剣、裏に不動明王と弥勒菩薩の梵字が重ねて刻され、彫際の線が立って見栄えが良い。詰み澄んだ小板目鍛えの地鉄は、地沸が厚く付いて細かな地景が躍動し、刃の際に暗帯部を伴う淡い乱映りが立つ。刃文は片落ち互の目に丁子と尖りごころの刃を交え、白雪のような沸で刃縁がふっくらとして明るく、刃境には金線と砂流しが盛んに掛かり、足長く射し、物打付近の刃中に稲妻状の金筋が現れて覇気横溢。刃中も沸で明るい。丁寧に仕立てられた茎は鑢の底が白く輝き、謹直な書体で刻された銘字も鮮明。操作性に優れた短寸の中に、大慶直胤の優れた感性と技術が凝縮されている優品である。

注①…昭和三十二年訂正再交付だが、昭和二十六年三月十五日、四一一二番の初期登録である。

注②…『日本刀随感新刀編』では「義胤彫」とある。

平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春 白鞘

 

平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春 差表切先平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春 差表ハバキ上

平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春 刀身差裏切先平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春 差表ハバキ上

平造脇差 銘 大慶直胤(花押) 文政五年仲春 ハバキ