平造脇差
銘 越前國兼植作
元亀二年三月十八日

Hira-zukuri wakizashi
Sig. Echizen no kuni KANETANE saku
Genki 2 nen 3 gatsu 18 nichi


越前国 元亀 四百五十三年前

刃長 一尺三寸二分三厘
反り 二分六厘
元幅 一寸一分六厘
重ね 二分七厘
彫刻 表裏 棒樋角止

金着二重ハバキ 白鞘入

昭和四十七年山形県登録
特別保存刀剣鑑定書

Echizen province
Genki 2 (A.D. 1571, late Muromachi period)
453 years ago

Hacho (Edge length) 40.1m
Sori(Curvature) approx. 0.79cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx.3.51㎝
Kasane(Thickness) approx. 0.82cm
Engraving: "Bo-hi"kaku-dome on the both sides

Gold foil double Habaki / Shirasaya

Tokubetsu-hozon by NBTHK

越前兼植(かねたね)は本国美濃。美濃刀工の多くが古刀期末から新刀初期に越前へ移住している。戦国武将朝倉氏の本拠地一乗谷では兼則や兼法などが鎚を振るっており、天正元年に朝倉氏が滅亡した後は、北ノ庄(現福井)に移り、織田信長の重臣柴田勝家や徳川家康の子結城秀康に仕えている。
 元亀二年三月十八日の年紀があるこの脇差は(注①)、兼植が越前一乗谷で朝倉氏の為に作刀した事実を示す貴重(注②)な資料。しかも出来が抜群に優れ、身幅が極めて広く、真の棟で重ねも厚く、反りを控えた大平造。棒樋が深く掻かれてなお手持ちが重く、絶大なる威力を想わせる迫力の体配。小板目に板目を交えた地鉄は、地景が太く入って肌起ち、粒立った地沸が厚く付き、鉄色が黒味を帯びて精強な風合いとなる。中直刃の刃文は浅く湾れ、刃境に湯走りが長く掛かって二重刃となり、物打辺りの焼幅がやや広く、ゆったりとした湾れに互の目を交えて奔放の趣があり、銀砂のような煌めく沸が厚く付き、無数に足が入り、刃中は濁り一切なく澄明。帽子は焼深く横に展開して浅く返る。茎は浅い勝手下がり鑢が掛けられ、銘字が堂々と刻されている。三月十八日紀(注③)は記念であろうか。康継以前にこのような大作を手掛けた名工が越前にいた事に驚きと感動を禁じ得ない。

注①…福井市立郷土歴史博物館で平成二十二年十月に発行した展示解説シートNO.54「越前の刀工」に、「越前国兼植作 元亀二年三月十八日」の銘のある脇指が現存、とあるのは本作のことであろう。

注②…本作の出現により、これまで慶長頃とされて来た年紀のない作の中にも天正前後の作が含まれている可能性が高い。

注③…越前國兼植には元和二年三月七日紀の刀(『銀座情報』二五二号)がある。本作の兼植の同族、もしくは最晩年作であろうか。

平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日 白鞘

 

平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日 差表切先平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日 差表ハバキ上

平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日 刀身差裏切先平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日 差表ハバキ上

平造脇差 銘 越前國兼植作 元亀二年三月十八日 ハバキ