銘 備前介宗次作之
嘉永四年二月日

Katana
Bizen no suke MUNETSUGU kore wo tsukuru
Kaei 4 nen 2 gatsujitsu

武蔵国 嘉永 四十九歳作 百七十一年前

刃長 二尺一寸五分
反り 四分
元幅 一寸八厘
先幅 七分八厘半
棟重ね 二分七厘
鎬重ね 二分九厘
金着二重ハバキ 白鞘付

黒石目地塗鞘打刀拵入
 拵全長 三尺七分
 拵全長 八寸

昭和二十六年佐賀県登録

特別保存刀剣鑑定書
二百万円(消費税込)

Musashi province
Kaei 4(A.D.1851, late Edo period)
About 173 years ago, Work at his 49 years old

Ha-cho (Edge length) 65.2cm
Sori (Curvature) approx. 1.21cm
Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 3.27cm
Saki-haba (width at Kissaki) approx. 2.38cm
Kasane (thickness) approx. 0.88cm
Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)

Kuro ishimeji nuri saya, uchigatana koshirae
 Whole length: approx. 93cm
 Hilt length: approx. 24.2cm

Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK
Price 2,000,000 JPY

 固山宗次は享和三年奥州白河の産。長じて江戸に出で鍛冶修業に邁進、天保八年頃に勢州桑名藩工となり、弘化二年には備前介を受領。古作の表面的な模倣に留まらず鍛錬に独自の工夫を加えた宗次には、嘉永年間の作に「撰出羽極性」と添銘された刀があり、鋼の素材の研究にも熱心であったことが窺われる(注)。その研究と努力の結果、腰骨辺りを斬る両車などの截断銘が施された遺作があり、最上大業物匹敵する切れ味を誇り、多くの武人の信頼を得ていたのであった。
 この刀は身幅広く重ね厚く鎬筋起ち、浅く反って鋒延びた頑健な姿。小板目鍛えの地鉄は杢と流れごころの肌を交え、地景縦横に働いて肌目鮮やかに起ち、小粒の地沸均一に厚く付いて地肌深く澄んで冴える。刃文は鎌倉後期から南北朝期の備前景光あるいは兼光辺りを狙ったものであろうか、片落風の刃を主調として中程に小互の目と小丁子を配し、刃境と刃中に玉焼頻りにかかり、匂勝ちに小沸付き匂口明るく冴え、匂足長く射し、刃中は匂充満して瑞々しく澄む。帽子は乱れ込み、尖りごころに小丸に返る。茎は錆浅く保存優れ、銘字も鮮明。寸法・茎長を控え、重ね厚い造形は素早い抜刀と強烈な打ち込みを宗とする注文主の需によるとみられ、柄を菱目小さく巻き締めた生ぶの拵も所持者の質実な人柄を偲ばせている。

注…嘉永二年宇和島藩主伊達宗城の注文打の大小に「以夷舶断折之桅環鐵」とある。開明的な伊達侯と宗次を結ぶ人脈及び鉄素材に興味がもたれる。