美濃国‐尾張国
慶長頃
刃長 二尺三寸六分五厘
反り 五分五厘
元幅 一寸一分
先幅七分九厘
棟重ね 二分三厘
鎬重ね 二分五厘
彫刻 表裏 棒樋・添樋
金着二重ハバキ 白鞘入
『新刀大鑑』所載
昭和三十年東京都登録
特別保存刀剣
(Item number: 1770)
Mino province‐Owari province
Around A.D.1596-1615
(Keicho era, the earliest part of the Edo period,
under the rule of the first shogun Tokugawa Ieyasu and the second shogun Tokugawa Hidetada)
Hacho (Edge length) : 71.66 cm
Sori (Curvature) : Approx. 1.67 cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 3.33 cm
Saki-haba (Width at Kissaki) : Approx.2.39 cm
Mune-Kasane (Thickness) : Approx. 0.70 cm
Shinogi-Kasane (Thickness) : Approx. 0.76 cm
Horimono (Carving) : OmoteUra "Bo-hi" with "Soe-hi"
Gold-foiled double habaki
Shirasaya
Published in "Sinto Taikan"
Tokubetsu-Hozon
飛騨守氏房は織田信長に仕えた刀工若狭守氏房の子で、永禄十年美濃国関の生まれ。十一歳で信長の三男信孝の小姓となって武家奉公し、長じては父の元に戻って鍛冶修業に専念し、業成って天正二十年五月十一日に飛騨守を受領した。尾張国清洲、さらに後には名古屋城下に移り、相模守政常、伯耆守信高と共に尾張三名工の一人として勇名を馳せた。
身幅の特に広いこの刀は、元先の幅差が殆どなく、重ねも厚く棒樋が掻かれて尚手持ちが重く、さらに鋒が延びた悠然たる姿。良く詰んだ板目鍛えの地鉄は地底に杢と柾目が複雑に配合されて景観深く、粒立った地沸が厚く付いて煌めき、これを分けるように太い地景が入り、襞状に肌起って力感が漲る。刃文は自然味のある伸びやかな湾れを主調に、互の目、箱がかった刃を交え、その一部が地に切り込むように突出して烈しい景観を成す。沸付いた刃縁は明るく、刃境に湯走り、金線、砂流しが掛かって区(まち)上や物打辺りが二重刃ごころとなり、小足と葉が盛んに入る。刃中に敷き詰められた微細な沸の粒子は光を強く反射し、刃色の明るさは抜群。焼深く強く沸付いて掃き掛けを伴う帽子は長めに返る。茎は僅かに磨り上げながら殆ど生ぶで、鮮明な銘に今尚鑚枕が立つ。豪放で闊達なる刃文は刀工の技と心により不定形の美となり、見る者の胸を打つ。名手飛騨守氏房と本刀を手にした武士の生きた江戸初期の剛毅な気風を全身に湛えた傑作刀となっている。(商品番号1770)