銀座名刀ギャラリー 館蔵品鑑賞ガイド〔364〕
GINZA MEITŌ GALLERY / COLLECTION GUIDE 364

刀
奥州仙臺住山城守藤原國包

二ツ胴土壇入の金象嵌截断銘
筧新兵衛所持
陸奥国・寛文 寛文十〜十一年頃 國包六十歳前後 刃長 二尺六寸六厘(79cm)
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山城守國包 タイトルイメージ
OVERVIEW

仙台國包、晩年の力量を示す豪壮な一振

山城守國包が、六十歳前後の最晩年に鍛えたとみられる大作。
雄大な刀姿、國包伝統の柾目鍛え、八幡大菩薩・摩利支尊天の文字彫刻、 そして「二ツ胴土壇入」と記された金象嵌截断銘を備えた一振である。

青年期より父の代作を務めて技量を磨いた山城守國包。 その作刀人生の最晩年にあたり、 重要刀剣説明図譜でも「二代作中の代表作の一口」と評された、 堂々たる名刀である。

SPECIFICATIONS

刀身・拵 DATA

種別 刀
国 陸奥国
時代 寛文(1661-1672年)
銘 奥州仙臺住山城守藤原國包
金象嵌銘 寛文十一年十二月十六日 二ツ胴土壇入切手蓬田安太夫(花押)  筧新兵衛差領之内
製作年代 寛文十〜十一年頃(國包六十歳前後)
刃長 二尺六寸六厘(79cm)
反り 七分
元幅 一寸一分四厘
先幅 七分一厘半
棟重ね 二分二厘半
鎬重ね 二分五厘
彫刻 表 八幡大菩薩文字陰刻
彫刻 裏 摩利支尊天文字陰刻
拵 朱潤塗黒漆波文塗鞘打刀拵
拵全長 三尺三寸五分
柄長 八寸一分
鞘書 佐藤寒山博士
所載 『日本刀大鑑』
01
FORM

二尺六寸を超える、雄大な刀姿

晩年の國包が鍛えた堂々たる大作。 刃長は二尺六寸六厘、約七十九センチ。 身幅は広く、寸法が延び、反りもおおらかに付いている。
國包 刀姿 アイキャッチ
FORM — 刀姿

細身で繊細な姿というよりも、 堂々とした量感と力強さを備えた大作であり、 仙台藩の武士たちの実用刀を数多く手掛けた 國包らしい風格が感じられる。 寛文十年から十一年頃、國包六十歳前後の作とみられ、 長年培った技術が凝縮された一振である。

刀姿 1 刀姿 2
02
KUNIKANE

「山城守國包」とは誰か?

仙台藩を代表する二代國包。

山城守國包は、初代山城大掾國包の嫡子。 姓名を本郷吉左衛門という。 正保二年、父が隠居したことに伴い、 三十四歳で二代國包を継承した。

父の没後、寛文七年十一月十四日には山城守を受領。 折しも刀剣需要が増大していた時代で、 伊達藩内外の武士から多くの注文を受け、その佩刀を鍛えた。 業物の誉れを高めたが、 寛文十二年七月、六十一歳で没している。

03
LATE MASTERPIECE

最晩年に鍛えられた大作

山城守國包、作刀人生の集大成。

愛刀家としても知られる旗本筧新兵衛の所持であった本刀は、寛文十年から十一年頃、 國包六十歳前後の作と鑑せられている。 金象嵌の截断銘には 「寛文十一年十二月十六日」と記され、 國包が没したのは、その翌年の寛文十二年七月である。

青年期より父の代作を熟し、 長い年月をかけて腕を磨いてきた山城守國包。 その最晩年に生み出された本刀は、 まさに生涯の技術を注ぎ込んだかのような一口といえる。

「二代作中の代表作の一口」
— 重要刀剣説明図譜
04
JIGANE

箒の掃き目を思わせる柾目肌

父から受け継いだ大和保昌伝。

國包一門の大きな特色が、 大和保昌伝を受け継いだ柾目鍛えである。 本刀でもその特徴が鮮明に現れ、 地鉄には美しい柾目が立つ。 その肌目は箒で掃いた跡のように細く流れ、 肌目に沿って細かな地景が働く。 整然としながら緊張感を失わない、 國包ならではの地鉄である。

05
HORIMONO

八幡大菩薩と摩利支天

刀身に刻まれた二柱の武神。

刀身には、表に「八幡大菩薩」、 裏に「摩利支尊天」の文字が陰刻されている。 八幡大菩薩は古くから武家の守護神として崇敬され、 摩利支天もまた、姿を隠し災難を避ける神として 武士たちの信仰を集めた。

緊張感に満ちた柾目鍛えの刀身を切り分けるように、 大きく神名が刻されている点も 本刀の大きな見どころである。

06
HAMON

静かな直刃に秘められた変化

小沸・小足・二重刃が織り成す上品な焼刃。

刃文は、柾目鍛えに調和した直刃仕立て。 小沸がよく付き、刃の道中は浅く揺れる。 刃境には小足が入り、 ところどころに控えめな二重刃が掛かり、 匂で澄んだ刃中には幽かな葉も浮かぶ。 帽子は清く掃き掛け、焼詰めとなる。

一見すれば静かな直刃だが、 その内部には細やかな働きが重なり合う。 派手さではなく、 品格と重厚さによって見せる焼刃である。

07
SETSUDANMEI

截断銘|「二ツ胴土壇入」

優れた切れ味を伝える金象嵌銘。
GOLD INLAY INSCRIPTION

「二ツ胴土壇入」

本刀を特別なものとしている大きな要素が、 茎に残された金象嵌銘である。

「二ツ胴土壇入」とは、試し斬りにおいて 二体を重ねて截断し、その刃がさらに下の土壇にまで 入ったことを示す表現である。

寛文十一年十二月十六日
二ツ胴土壇入
切手蓬田安太夫(花押)
茎と金象嵌截断銘
NAKAGO — 茎・截断銘

《切手 蓬田安太夫》の截断銘

截断銘には、試し斬りを行った人物として、 「切手蓬田安太夫」の名が記されている。 詳細な人物像については明らかでないものの、 國包が仙台藩工であったことなどから、 伊達家に仕えた家臣であった可能性が考えられている。

08
OWNER

筧新兵衛の所持銘

千五百石取りの旗本「差領之内」。

金象嵌銘の末尾には 「筧新兵衛差領之内」とある。 筧新兵衛は千五百石取りの旗本。 四代将軍徳川家綱の時代に目付役を務め、 寛文三年には御先鉄炮頭、 寛文十年には盗賊追捕役となった人物である。

筧新兵衛の所持銘を持つ刀は本刀だけではなく、 近江大掾忠廣の刀(第二十九回重要刀剣)にも確認されている。 幕府の実務を担った旗本が差領した刀であることが、 金象嵌銘によって伝えられている。

09
KOSHIRAE

朱と黒の波文が映える華麗な意匠

桃山風の大胆な鞘。
拵 アイキャッチ
KOSHIRAE — 拵

本刀には、朱潤塗黒漆波文塗鞘打刀拵が付属する。 鞘は朱漆を基調とし、棟方に黒漆で波文を施した大胆な意匠。 鮮やかな色彩と力強い文様は、 桃山時代を思わせる華やかさを備えている。

堂々たる國包の刀身に負けない、 存在感のある拵である。

10
FITTINGS

刀装具|源平宇治川合戦を描く

浜野派の名工・矩随の縁頭。
縁頭 アイキャッチ
FUCHI / KASHIRA — 縁頭

縁頭には、浜野派の名工矩随による 源平宇治川合戦図を使用。 目貫には武具図が配されている。

武勇を象徴する合戦図と武具図は、 二ツ胴を截断した國包の豪刀にふさわしい取り合わせである。 朱と黒の鮮烈な鞘に、 格調ある金具を組み合わせた 風格ある造り込みとなっている。

朱潤塗黒漆波文塗鞘打刀拵
KOSHIRAE — 拵
刀装具 拡大写真
拵全体 拡大写真
HIGHLIGHTS

CLOSE UP|この一振の見どころ

01 山城守國包晩年の大作 寛文十〜十一年頃、 國包六十歳前後の作とみられる、 作刀人生最晩年の一振。
02 雄大な刀姿 約七十九センチの長大な刀身に、 広い身幅と大らかな反りを備える。
03 國包伝統の柾目鍛え 大和保昌伝を受け継いだ、 箒の掃き目のような美しい柾目肌。
04 八幡大菩薩・摩利支天の彫刻 武士の信仰を集めた二柱の神名を 刀身に大きく刻む。
05 「二ツ胴土壇入」の截断銘 二体を截断し、 さらに土壇まで刃が達したことを示す 金象嵌銘。
06 旗本・筧新兵衛の所持 千五百石取りの旗本であった 筧新兵衛の差領刀として伝来。
07 華麗な朱と黒の拵 波文を施した鮮烈な鞘が、 豪壮な刀身に強い存在感を添える。
08 矩随の源平宇治川合戦図縁頭 武具図目貫とともに、 格調ある刀装を構成する。
COLUMN

山城守國包の「畢生の傑作」

本刀の魅力は、 優れた出来だけにあるのではない。 二代山城守國包は、青年期から父の代作を務めながら腕を磨き、 やがて仙台藩を代表する刀工へと成長した。 その國包が六十歳前後の最晩年に鍛えたのが、 この雄大な一振である。

美しい柾目鍛え。 静かな中に多彩な働きを秘めた直刃。 刀身に刻まれた武神の名。 そして、優れた切れ味を物語る 「二ツ胴土壇入」の金象嵌銘。 さらに、 幕府の旗本・筧新兵衛が差領したという由緒も加わる。

長い作刀人生の最終盤に生み出された本刀は、 二代國包が自らの作刀生涯の証として精魂を込めた、 畢生の傑作と称しても過言ではない。 重要刀剣説明図譜においても「二代作中の代表作」と評価された、 仙台國包の魅力を余すところなく伝える名刀である。

EXPLANATION

解説文

山城守國包は初代山城大掾國包の嫡子にて、 姓名を本郷吉左衛門という。 正保二年に隠居した父を襲って三十四歳で二代目を継承し、 寛文四年の父没後、 同七年十一月十四日に山城守を受領。 折からの刀剣需要増大に際会し、 伊達藩内外の武士の佩刀を鍛えて業物の誉れを高めたが、 惜しいかな寛文十二年七月に六十一歳で没している。

筧新兵衛所持のこの刀は、 寛文十年から十一年にかけての 六十歳前後の作刀と鑑せられ、 身幅が広く寸法が延び、 おおらかに反りの付いた姿形雄大な大作。 父譲りの大和保昌伝の柾目鍛えは美しく、 箒の掃き目の如き肌目に沿って細かな地景が働く。 この緊張感に満ちた鋼を切り分けるように、 表には八幡大菩薩、 裏には摩利支天の神名が、 大きく刻されている。 鍛えに順応した直刃仕立ての刃文は、 小沸勝ちに道中が浅く揺れて刃境に小足が射し、 控えめの二重刃が掛かり、 匂で澄んだ刃中には幽かなる葉が浮かび、 帽子は清く掃き掛けて焼詰めとなる。 仕上がりは品格高く、かつ重厚。 茎尻には控え目釘穴が設けられ、 優れた刃味の証明である截断銘が、 鮮やかな金象嵌で記されている。

附されている拵は、 朱漆塗の棟方に黒漆で波文を施した 桃山時代風に奇抜で鮮やかな意匠の鞘とし、 浜野派の名工矩随(のりゆき)の 源平宇治川合戦図縁頭と武具図目貫で装った、 風格のある造り込みとされている。

青年期より父の代作を熟して腕を磨き、 実力を蓄えてきた二代國包が、 その没する前の年に 自らの作刀生涯の証にとばかり精魂を籠めた 畢生の傑作(注①)と称して過言なく、 筧新兵衛(注②)の愛玩も さこそと思われる名刀である。

注①  重要刀剣説明図譜にも、 本刀について 「二代作中の代表作の一口」 とある。

注②  筧新兵衛は千五百石取りの旗本。 四代将軍徳川家綱の時代に目付役を務め、 寛文三年に御先鉄炮頭、 寛文十年に盗賊追捕役となった。 國包のほか、 近江大掾忠廣の刀(第二十九回重要刀剣) にも所持銘がある。

注③  截断銘に記された切手・蓬田安太夫については、 伊達家の家臣であった可能性が考えられている。

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ACCESSORIES

付属品

本刀に附属する資料・付属品。
付属品 拡大写真
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