薩摩国 寛延頃
刃長 二尺四寸二厘
反り 四分二厘
元幅 一寸
先幅 六分
棟重ね 二分三厘
鎬重ね 二分五厘
金着二重ハバキ 白鞘入
昭和五十五年東京都登録
特別保存刀剣
1,200,000 円
(Item number: 1315)
Satsuma province
A.D. 1748-1750
(Kan'en era, During the Edo period, under the 9th shogun, Tokugawa Ieshige)
Hacho (Edge length) : 72.8cm
Sori (Curvature) : Approx. 1.27cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx : 3cm
Saki-haba (Width at Kissaki) : Approx. 1.8cm
Kasane (Thickness) : Approx. 7.6mm
Gold-foiled double habaki
Shirasaya
Tokubetsu-Hozon
1,200,000 JPY
文久二年、相模国生麦で、島津久光の行列を横切った英国人を薩摩藩士で薬丸自顕流の使い手奈良原喜左衛門が斬る出来事があった。生麦事件である。薩摩にはこの薬丸自顕流と東郷示現流とがあり、いずれも右肩上に刀を大きく担ぎ上げる蜻蛉の構えから気合諸共斬り下ろす必殺剣である。この事件によって薩英戦争が勃発。英国艦隊の前に大敗した薩摩は攘夷の不可能を痛感し、英国から武器や軍艦を購入して、倒幕へと突き進んだのである。維新の幕は、生麦での奈良原喜左衛門の一撃により切って落とされていたと言えるのかもしれない。
この刀は、二代藩侯島津光久の命で相州伝を修めた大和守安行の孫波平安廣が、東郷自顕流の武士の需に応えて鍛えた一振。二尺四寸を超す長寸で反りを控え、鋒を小さく仕立ててすらりとした姿ながら、鎬筋が強く張っていかにも強固。茎は刃方へ僅かに反って強く深い打ち込みに適した構造で、さらに区上で焼落とされて強烈な一撃への耐久性も考慮されている。地鉄は小杢目肌が詰み澄み、地景が密に入り、小粒の地沸が厚く付いて、ねっとりとした柔軟性のある肌合い。湾れ主調の刃文は銀砂のような沸で刃縁が明るく、蔓状の沸筋が力強く流れて薩摩刀の特色が顕著。帽子は浅く弛んで小丸に返る。茎には檜垣鑢が掛けられ、銘は安が「ハに女」となって個性的。波平伝に相州伝が加味された、薩摩武士好みの美しくも強靭な一刀である。
(商品番号1315)
注… 薩摩拵の柄が内反りとなっているのは、より深く斬り込むためであることが、調所一郎氏の調査と研究で明らか(『薩摩拵』)。