銘 固山備前介宗次作之
弘化四年二月日

Katana
Signed. Koyama Bizen no suke MUNETSUGU kore wo tsukuru
Koka 4 nen 2 gatsujitsu

武蔵国 弘化四
四十五歳作

刃長 二尺三寸三分
反り 六分五厘
元幅 九分五厘
先幅 六分
棟重ね 二分三厘
鎬重ね 二分六厘

金着二重ハバキ 白鞘入

昭和三十二年大分県登録

特別保存
2,000,000 円

(Item number: 1748)
Musashi province
A.D.1844-1848 (Koka era, late Edo period)
Work at his 45 years old

Hacho (Edge length) : 70.60 cm
Sori (Curvature) : Approx. 1.97 cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 2.88 cm
Saki-haba (Width at Kissaki) : Approx. 1.82 cm
Mune-Kasane (Thickness) : Approx. 0.70 cm
Shinogi-Kasane (Thickness) : Approx. 0.79 cm

Gold-foiled double habaki
Shirasaya

Tokubetsu-Hozon
2,000,000 JPY

 固山宗次は享和三年奥州白河の生まれ。文政十三年末から天保初年頃江戸に出、米沢藩上杉家の刀工加藤綱俊の指導を受けた。また、成瀬家の臣で試刀家として名高い伊賀乗重と交わって作刀の研究を深め、切れ味においては右に出る者なしと高い評価を得ている。天保八年頃桑名藩工に迎えられ、弘化二年備前介を受領している。以降、古河藩主土井利位や宇和島藩主伊達宗城の大小を手がけるなど、大身の武士より多大な支持を得た名工である。
 この刀は輪反りが高く付いて中鋒の、太刀姿が優美な一振り。地鉄は小板目肌に板目と小杢目を交えて深く錬れて詰み、微細な地沸が均一にしかも厚く付き、繊細な地景が密に入って奇麗に肌起ち、縮緬状を呈して活力に溢れる。冴えた地鉄に焼かれた直刃調の刃文は、ごくわずかに小模様の互の目を交え、純白の小沸が付いて匂口きりりと締まり、清浄な匂が立ち込めて霞立つように澄み冴えた刃中に鼠足(ねずみあし)が無数に入る。帽子は先やや突き上げ、小丸に上品に返る。茎の保存状態は完璧で、細鑚で丹念に刻された楷書の銘も鮮明。備中青江の太刀の如くにとの需めによるものであろうか、地刃が気品に満ち、同工の直刃出来中の佳品となっている。(商品番号1748)