銘 大和守吉道(二代)
(業物)

Katana
Signed. Yamato no kami YOSHIMICHI
(The 2nd generation)
(Wazamono)

摂津国 延宝頃

刃長 二尺四寸九分一厘
反り 六分二厘
元幅 一寸五厘
先幅 七分三厘
棟重ね 二分四厘
鎬重ね 二分三厘

金着二重ハバキ 白鞘付

黒石目地野晒図陰蒔絵鞘打刀拵入
 拵全長 三尺五寸五分
 柄長 一尺二分

昭和三十六年和歌山県登録

特別保存刀剣
2,500,000 円

(Item number: 1722)
Settsu province
Around A.D.1673-1681 (Enpo era, Edo period)

Hacho (Edge length) : 75.48 cm
Sori (Curvature) : Approx. 1.88 cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 3.18 cm
Saki-haba (Width at Kissaki) : Approx. 2.21 cm
Mune-Kasane (Thickness) : Approx. 0.73 cm
Shinogi-Kasane (Thickness) : Approx. 0.70 cm
Gold-foiled double habaki
Shirasaya

Kuro ishime-ji "Nozarashi (Skull)" designed kage-makie saya, uchigatana koshirae
 Whole length : Approx. 107.57 cm
 Hilt length : Approx. 30.91cm

Tokubetsu-Hozon
2,500,000 JPY

 大和守吉道二代は江戸前期の刀工で、名を三品四郎兵衛(後に傳右衛門)といい、大坂上呉服町(注①)一丁目に居住した。京丹波吉道初代の子大和守吉道初代の優技を継承錬磨し、鎌田魚妙をして「地鉄細に匂勝れて深く、菊水刃、丁子、簾、芳野川、龍田川いろいろの模様鮮やかにして比すべき物なし」(『新刀辨疑』)と言わしめた名手。播州姫路城主本多家に仕え、故に「姫路大和」の呼び名を以て尊ばれた。
 二尺五寸に及ばんとするこの刀は、重ねが厚く身幅も広く、深い反りが付いて中鋒の洗練味のある姿。小板目鍛えの地鉄は細やかな網目状の地景が密に入って奇麗に肌立ち、地沸が厚く付いて潤いがある。長い焼出しから始まる互の目丁子乱刃は、小丁子が密集して花弁形になった刃、丸みのある刃、片男波を想わせる互の目、京丹波吉道を想起させる層状の刃を配した、軽やかな変化に趣のある独創的な構成。刃縁の白雪のような沸は焼の谷から刃中へ溶け込むように広がり、刃中にも微細な沸が立ち込めて昂然と輝き、冴え冴えとした焼刃の景色が魅力となっている。帽子は僅かに弛んで小丸に返る(注②)。茎に太鑚で堂々と刻された銘字(注③)に上身への自信が感じられる。
 拵は柄が長く、堅牢な鉄製の縁頭も腰が高く薩摩金具の趣がある。赤銅地の剣巻龍図大目貫は掌への収まりが良く、鞘先端にも唐草文図鉄鐺が付され、危急の際の備えが万全。圧巻は漆黒の闇を想わせる黒石目地塗に、薄野原に転がる骸骨が陰蒔絵された鞘。「死して屍を野に晒すとも悔いなし」との、武士の覚悟の程が表示されている。(商品番号1722)

注①…錦町とも。現大阪府中央区大手町。
注②…令和七年度現代刀職展(研磨)出品作。
注③…『新刀辨疑』に「大銘に切て守の字父か作より長し」と初二代の銘字の見所が記されている。