備前国 万治頃
刃長 一尺七寸八分五厘
反り 四分五厘
元幅 九分九厘
先幅 六分七厘
棟重ね 二分二厘
鎬重ね 二分三厘
上蓋銀着下蓋金着二重ハバキ
白鞘付
黒漆塗刻鞘脇差拵入
拵全長 二尺九寸四分
柄長 六寸八分
昭和四十二年佐賀県登録
特別保存刀剣
(七兵衛尉)
900,000 円
(Item number: 1711)
Bizen province
Around A.D.1658-1661 (Manji era, Edo period)
Hacho (Edge length) : 54.09 cm
Sori (Curvature) : Approx. 1.36 cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 3.00 cm
Saki-haba (Width at Kissaki) : Approx. 2.03 cm
Mune-Kasane (Thickness) : Apporx. 0.67 cm
Shinogi-Kasane (Thickness) : Apporx. 0.70 cm
Silver and gold-foiled double habaki
Shirasaya
Kuro urushi nuri kizami saya, wakizashi koshirae
Whole length : Approx. 89.08 cm
Hilt length : Approx. 20.60 cm
Tokubetsu-Hozon
(Shichibei no jo)
900,000 JPY
戦国時代最大の技術集団であった備前祐定一門は、天正十九年の吉井川の水害等で一時勢威を失うが、江戸初期に与三左衛門尉祐定の五代孫に当たる七兵衛尉祐定が再興を果たしている。七兵衛尉は精強長寿(注)の刀工で元和から寛文まで作刀し、その後嫡子上野大掾祐定が父譲りの鍛刀技を発揮し、岡山藩主池田光政侯の引き立てを受けて備前新刀の新星として活躍する。これ即ち、父七兵衛尉祐定の築いた礎の賜物であったといえよう。
この脇差は、俗名こそないが銘形から七兵衛尉祐定の万治頃の作とみられる、「祐定」の特色が顕著でしかも出来の優れた一刀。尋常な造り込みに棒樋が掻かれ、腰元から反って中鋒の精悍な姿。板目に杢を交えた地鉄は太い地景によって奇麗に肌起ち、地沸が厚く付いて淡い映りが現れる。焼の高い腰開き互の目に丁子を交えた刃文は焼の谷も広く、尖りごころの焼頭が向かい合う蟹の爪刃となり、帽子は焼を充分に残して乱れ込み、掃き掛けて浅く返る。小沸と匂の調合になる明るい焼刃は小足と葉で複雑さを増し、所々の足を遮るように小形の金線と砂流しが掛かる。片手で素早く抜き放つに適した短い茎は、戦国最盛期の與三左衛門尉祐定を想起させる。
一分半ほどの間隔で刻まれて赤味を帯びた黒漆塗とされた鞘の拵は、卯花色糸蛇腹巻きとされた柄に仕立てられ、銀地高彫になる波文揃い金具が引き立つ構成。金無垢地の神々しくも鮮やかな目貫と這龍図笄も調和している。
(商品番号1711)
注…延宝二年九十八歳没(『新刀辨疑』)とあるので、寛永十年長男上野大掾祐定を得た時、既に五十七才であった。さらに横山太平、孫太夫、祐忠、祐信と合計五人の男子を設けている。