短刀
銘 大慶直胤作之(花押)
天保七年仲春

Tanto
Signed. Taikei NAOTANE kore wo tsukuru (Kao)
Tenpo 7 nen chushun

武蔵国 天保七 58歳作

刃長 七寸六分二厘
内反り僅少
元幅 七分六厘
重ね 二分
彫刻 表 二筋樋
裏 梵字・腰樋・添樋

金着二重ハバキ 白鞘入

昭和26年福岡県登録

特別保存

Musashi porvince
Tenpo 7 (A.D. 1836、late Edo period)
Work at his 58 years old

Hacho (Edge length) : 23.1cm
Slightly curved inward
Moto-haba (Width at Ha-machi) : 2.33cm
Kasane (Thickness) : 0.62cm
Engraving : "2 suji hi" on the right face (Omote)
 "Bonji" "Koshi-hi" with "Soe-hi" on the back face (Ura)

Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)

Tokubetsu-Hozon

 大慶直胤(たいけい なおたね)は江戸後期に活躍した名工の一人。安永七年出羽山形城下に生まれ、名を庄司蓑兵衛という。刀工を志して江戸に出、寛政十年頃高名な刀工水心子正秀に入門。同郷の師とは相性もよかったのであろう、才能は大きく開花。江戸下谷御徒町の自宅(注①)で鍛刀し、備前と相州両伝の名品を遺した。
 鎌倉相州伝の開祖新藤五國光を念頭に精鍛された表題の短刀は、身幅重ね尋常で、僅かに内反りが付き自然にふくらが枯れ、鎌倉時代の名短刀(注②)を想わせる姿。差裏に所持者の注文によるものであろう、阿弥陀如来を意味する梵字が荘厳に映える。地鉄は小板目肌が僅かに起つも総じて詰み、小粒の地沸が付き、刃の際が僅かに黒く澄み、棟寄りに沸映りが立ち、鉄色は明るい。刃文は焼幅が控えめの直刃で、つぶらな沸で刃縁は明るく、刃境に湯走り、金線、砂流しが掛かって二重刃風となり、刃中は匂で澄み冴える。帽子は掃き掛けを伴って小丸に返る。茎は浅く反り、鎌倉時代の短刀の名手にままみる振袖形となり、化粧鑢から始まる筋違鑢が入念に掛けられ、銘字が神妙に刻され、流麗な鑚使いで刻された花押も鮮やか。還暦を目前に控えた五十八歳の、古作研究の深さと円熟した技術が存分に発揮された、小品ながらも出来が優れた作である。

注①福永酔剣先生『刀工遺跡めぐり三三〇選』によれば現在の東京都台東区上野五丁目十一番地十一。
注②新藤五國光は山城国の来國俊や粟田口吉光と共に短刀の名手に数えられる。