平造脇差 銘 村正



 

伊勢国 大永頃

刃長 一尺七分五厘(32.6cm)
反り 二分 
元幅 一寸
重ね 二分

平造脇差 銘 村正平造脇差 銘 村正

 

平造脇差 銘 村正 差表切先平造脇差 銘 村正 差表区上

平造脇差 銘 村正 差裏切先平造脇差 銘 村正 差裏区上

平造脇差 銘 村正ハバキ

 

 

 村正の活躍した桑名は、伊勢湾に注ぐ木曽、長良、揖斐の三大河川の中洲に開けた、諸国の物資が集積される港町。「寺々家々数千軒」(連歌師宗長の日記)が立ち並び、町衆の自治により「十楽の津」とも呼ばれた大都市である。その地名と年紀が刻された作は「勢州桑名住右衛門尉藤原村正作」と銘した文亀元年辛酉七月吉日紀の刀(注①)。年紀作は他に永正十年癸丑十月十三日紀の鍋島家伝来の刀、天文十二年癸卯五月日紀の刀等僅かである。
 村正は、このような実像より「妖刀伝説」で知名度が高い。多くは江戸期の大衆演劇などから紡ぎ出されたものだが、その背景にある徳川家との奇縁(注②)は、村正の刀は刃味が良く(注③)、戦国期において頗る有用な武器であったことの証に他ならない。
表題の平造脇差は、身幅が広く尋常な重ねに先反りの付いた、いかにも物切れのする武器であり、戦国武将が好んで腰に帯びた覇気のある風貌。小板目肌を織り込んだ板目鍛えの地鉄は、所々に流れ肌、杢目肌、縮緬肌を交えて複雑な様相を呈し、これに地景と地沸が働き掛かかるのみならず、淡くしかも濃淡変化のある映りが全面に掛かって凄みのある景色を展開している。区の保護のためであろう区上焼き落としから始まる刃文は、地に鋭く突き入る角刃、矢筈刃、尖刃の頭に沸が絡む刃など総体に出入りが激しく、物打辺りの乱れが帽子へと連なり、先は掃き掛けを伴う地蔵風に返り、尖刃を交えた長い棟焼に連なる。煙るような潤みごころの匂に沸を意識した焼刃も凄みがあり、刃境には屈曲した金線が雷雲を切り裂く稲妻のように走り、刃中にも小沸を伴って金線が層を成す。刃沸の強まった物打辺りには湯走りが地中に広がり、これに応じて刃境にも沸が流れ掛かり、物打から帽子にかけて足と葉が盛んになり、火炎宝珠を想わせる焼が掃き掛けの中に浮かび上がる。先端を絞った独特のタナゴ腹茎には、村正の銘が刻されているものの、徳川家を憚ったものであろう「村」の銘が僅かに消されており、ここにも「妖刀伝説」が生きていた痕跡が窺えるのである。

注①…『銀座情報』一一六号掲載。
注②…祖父清康の死、父広忠の負傷、嫡子信康の切腹、家康自身の負傷などに村正が関与という。
注③…山田浅右衛門押形に「刃味能方 脇毛(肩甲骨を通る部分)之辺 落可申候」と注記された一尺四分半の脇差(紀州徳川家蔵)がある。

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