備前国 南北朝中期応安
刃長 一尺五分二厘
反り僅少
身幅 一寸七厘
重ね 一分六厘
彫刻 表裏 棒樋丸止
金着二重ハバキ 白鞘入
昭和二十七年神奈川県登録
特別保存刀剣鑑定書
Bizen province
Oan era (A.D. 1368-1375, Nanboku-cho period)
Hacho (Edge length) : 31.9cm
A little curvature
Width at Moto-haba (Width at Moto-haba) : Approx. 3.24cm
Kasane (Thickness) : Approx. 0.48cm
Engraving : "Bo-hi" marudome on the both sides
Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)
Tokubetsu-Hozon
南北朝期の備前では兼光、元重、長義等と共に盛景が活躍しており、覇気ある乱刃の名品(注①)を手掛けている。盛景の祖先は、従来、京の猪熊通大宮出身の國盛とされてきたが、近年の研究では、匠名に景の字を用い、しかも右から左に刻される、いわゆる逆鑚(さかたがね)を多用していることから、その祖は長光門の近景で、光忠‐長光‐景光‐兼光と続く長舩正系と並び栄えた、備前の名工の血脈と考察されている(注②)。
表題の信政の平造脇差は、盛景の応安五年十月日紀の短刀(『銀座情報』百二十八号)や盛景一門とされる応安元年八月日紀の備州長舩信真の短刀(第六十六回重要)と茎の形状、銘の位置、逆鑚を使った銘振りが酷似して盛景派の特色が顕著である。寸の割に身幅が広く重ねが薄く、棟際に樋が太く掻かれた、量感のある南北朝応安頃の典型的な体配。微塵に詰んで透き通るような小板目鍛えとされた地鉄は所々に板目肌を交え、地底に細かな地景が蠢き、刃寄りには淡い湯走りを伴って暗帯部が連なり、焼刃に迫るように濃淡変化のある映りが霞立つ。ごく浅く湾れた直刃調の刃文は、新雪のような沸で刃縁が明るく、細い金線と砂流しが掛かり、匂の立ち込めた刃中は水色に澄む。大丸風の帽子は、先端が匂で掃きかけてわずかに返る。幅が広く深い栗尻とされた茎の中央に細鑚で切られた銘には、逆鑚が多用されている。盛景の協力刀工であった信政の、非凡なる力量が示された逸品である。
注①…館林藩主秋元家伝来の太刀が重要文化財。
注②…小笠原信夫先生「備前大宮鍛冶の系譜に関する問題」(『刀鍛冶考』所収)に詳しい。