銘 作陽幕下士細川正守[刻印]
元治二歳孟春日造之

Katana
Signed. Sakuyo bakuka no shi
Hosokawa MASAMORI [Seal]
Genji 2 nen moshun no hi ni kore wo tsukuru

武蔵国 元治二 四十四歳作

刃長 二尺四寸六分
反り 四分九厘
元幅 一寸一分五厘
先幅 七分六厘強
棟重ね 二分六厘
鎬重ね 二分七厘

金着二重ハバキ 白鞘入

佐藤寒山博士鞘書旧白鞘
「同作中優品也」

昭和四十八年兵庫県登録

特別保存
2,500,000 円

Musashi province
Genji 2(A.D.1865, late Edo period), Work at his 44 years old

Hacho (Edge length): 74.6cm
Sori (Curvature): Approx. 1.48cm
Moto-haba (Width at Ha-machi): Approx. 3.48cm
Saki-haba (Width at Kissaki): Approx. 2.3cm
Kasane (Thickness): Approx.0.82cm

Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)
This item has old scabbard (Shirasaya), which was inscribed in ink
by Dr. Sato Kanzan
"One of the finest works in his oeuvre."

Tokubetsu-Hozon
2,500,000 JPY

  正守は細川正義の次男で名を仙之助といい、文政五年十月十九日の生まれ。幼少時は父の郷里鹿沼で叔父の細川正平に養育されるも、天保十四年十一月二十二歳の時に江戸へ出て父の指導を受けることとなる。これにより技術が上達し、さらに江戸の風で感性が磨かれ、精良な地鉄に溌剌たる丁子乱刃の冴えた作風は父を凌ぐ程であり、父と同様作州津山藩工となる。文久三年二月、先代藩主の御国入に従った際に、正守は隣国備前の丁子刃の名手加賀介祐永を訪問して研鑽を積んでいるように、職人気質の父同様、研究熱心であったことが知られている(注)。
 この刀は、父正義譲りの技術と自身の創意工夫が結実した、出来の優れた一振。身幅が広く重ねも厚く刃肉が充分に付き、中庸に反って鋒が大きく延びた、南北朝期の兼光や長義等、相伝備前の名手の刀を想起させる豪壮な姿。深い刃区の上に今尚生ぶ刃が残され、研数も少なく極めて健全。小杢目鍛えの地鉄は地沸が微塵に付いて細かな地景が躍動し、無地風とはならずに緻密に肌起ち、活力に満ちて冴える。桜花のような丁子乱刃は小丁子を交え、刃文が重なり合って高低に変化し、淡雪のような純白の沸で匂口ふっくらとして明るく、左右に開き気味に入った足を遮るように細かな金線と砂流しが掛かり、匂の充満した刃中は抜群に明るい。帽子は乱れ込んで小丸に返る。茎の棟方の強い反り、一本一本丁寧に掛けられた筋違鑢、端正な鑚使いの銘字、「ホソ川」の刻印とすべて父同然。同作中の傑作である。

注…正守は頗る名手であったが、大成を目前にしながら明治維新を迎えてしまった。正守も生まれるのが遅かった刀工の一人といえよう。