脇差
銘 山城大掾藤原國包
寛永五年八月日(最上大業物)

Wakizashi: Signed. Yamashiro daijo Fujiwara no KUNIKANE
Kan'ei 5 nen 8 gatsujitsu (Saijo O Wazamono)

陸奥国 寛永五

刃長 一尺三寸一分五厘
反り 三分
元幅 九分三厘
棟重ね 九厘
鎬重ね 一分八厘

金着二重ハバキ 白鞘入

昭和三十年長野県登録

特別保存刀剣鑑定書
2,500,000 円

Mutsu province
Kan'ei 5 (A.D.1628, early Edo period)

Hacho (Edge length): 39.8cm
Sori (Curvature): Approx. 0.91cm
Moto-haba (width at Ha-machi): Approx. 2.82cm
Kasane (thickness): Approx. 0.55cm
Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)

Tokubetsu-Hozon
2,500,000 JPY

 伊達政宗自慢の刀工山城大掾國包(やましろのだいじょう くにかね)は、文禄元年(注①)陸奥国宮城郡国分若林(現仙台市)の生まれ。政宗は大和古鍛治保昌末葉(注②)と伝える國包を大いに後援し、慶長十九年に京の名匠越中守正俊に入門させると、國包もその大恩に応えて精進し、大坂夏の陣では伊達陣中に馳せ参じて懸命に鍛刀している。柾目肌が力強くしかも美しい國包の刀は刃味も抜群で、最上大業物に位列されている。政宗はこの國包を特別に遇し、家康が康継に葵紋を許したように自家の紋の一つ九曜紋を下賜している。
 表題の脇差は、刃先の構成線に強い反りが付き、しかも鎬筋が棟に抜ける菖蒲造で、先幅もたっぷりとして短寸ながら貫禄のある姿。國包得意の柾目肌は小粒の地沸を伴ってうねるように流れ、横手付近で棟に抜ける古調な仕立て。刃寄りが僅かに黒く澄み、刃区付近から沸映りが立ち昇って鉄色は明るい。直刃調の刃文は浅い湾れを伴って不定形に揺れ、帽子は殆ど焼き詰めとなる。匂と小沸の調合になる明るく冴えた焼刃は、刃縁が沸で明るく、柾目鍛えに感応して、刃境に金線、砂流し、湯走りが掛かり、随所に打ちのけ、喰い違い、二重刃を交えて奔放に変化し、物打付近へ行って一段と沸付いて能動的に働き、刃中も沸付いて覇気横溢。茎は錆色が落ち着き、神妙に刻された銘字に鑚枕が立ち、裏年紀は『日本刀大鑑』所載の重文の刀(田口儀之助氏蔵)と同じ寛永五年八月日(注③)。特別の需により秘術を尽くして精鍛した作であろう。常にも増して出来の優れた、同作脇差中の傑作である。

注①…『本郷國包家系図』に「寛文四年歿、七十三歳」とある(『仙臺藩刀匠銘譜』)。
注②…『本郷國包家系図』によれば、國包は室町初期応永年間、国分若松に来住した保昌五郎八世孫國住の五代孫という。
注③…本作が重文の刀と同時に製作され、大小一腰であった可能性もある。尚『日本刀大鑑』では寛永五年頃の作は「生気に溢れた優品が多い」とある。