宮田信清 江戸後期
山城国京都‐武蔵国江戸日本橋
拵全長 三尺三寸六分
鞘長 二尺六寸
柄長 七寸五分
刃長 約二尺四寸五分
反り 約五分七厘
元幅 約一寸
入子鞘仕立
(刀身はありません)
特別保存刀装鑑定書
百八十万円(消費税込)
Miyata Nobukiyo
Late Edo period
Kyoto, Yamashiro province
- Edo,Nihonbashi, Musashi province
Whole length : 101.8cm
Scabbard length : Approx. 78.8cm
Hilt length : Approx. 22.7cm
Hacho (Edge length) : Approx. 74.2cm
Sori (Curvature) : Approx. 1.73cm
Moto-haba (Width at Ha-machi) : Approx. 3.03cm
This koshirae has no sword.
Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK
Price 1,800,000 JPY
宮田信清の帰雁図一作金具で纏められた美しい打刀拵。
宮田信清は木下弥八の三男で、文化十四年京都の生まれ。名を鉄之助、後に織江と称し、天保四年に加茂神社の社家宮田氏の養子に迎えられる。 いかなる出会いがあったのか、金工芸術に目覚め、翌年には後藤光保に入門して後藤流の金工を学び、更なる技術と感性を学ぶべく江戸の後藤宗家十六代光晃の門を叩いた。光晃は舞鶴などの飛翔する鳥の雄大な姿を写実彫するを得意としており、信清もまたその伸びやかな図柄構成を受け継いで多くの作品を手掛けている。天保十四年には日本橋で開業、南部家に抱えられている。
帰雁の図で知られる小栗宗湛(おぐり そうたん)及び小栗宗継(そうけい)の襖絵(注)の一場面を想わせるこの拵は、縁頭、口金、栗形、裏瓦、折金、鍬形鐺の金具を一作揃い物とし、鐔には葦原に飛来する雁を、同じ趣の芦原に帰雁を彫り描いた目貫を鉄納戸色糸で巻き締めている。銀磨地の一作金具は、迫り来る夕照を暗示する斜めの線刻を背景に、舞い降りる雁の姿を毛彫表現している。鞘は黒石目地仕上げながら、下地に微細な青貝を微塵に散らし、雲文を彫り込むことによって青貝が雲間に見え隠れするよう仕立てた精巧で緻密な細工である。
鐔はずっしりと重量のある銀無垢地を木瓜形に造り込み、低い土手耳仕立ての中に芦原に舞い降りる雁を表裏に亘って的確な布置で彫り描いた作。主題を明確にするべく立ち込める霧を意図したものであろうか、石目地を濃密に施して芦の叢立つ様子と舞い降りる雁を肉高く彫り出し、その身体に金と赤銅の色絵を加え、微細な毛彫を加えて鳴き交わす様子をも精巧に浮かび上がらせている。目貫も鐔と同作で、表に舞い降りる雁を、裏にはその芦原を細かな石目地処理ですっきりと表現している。地金は深みのある銀地で、目玉のみ金の色絵。白い鮫皮に鉄納戸色の粋な柄糸で巻き締めている。
鞘は入子(いれこ)仕立てとされている。入子鞘とは、鞘内部の汚れ除去を簡便にするため、刀身が収まる部分を取り出すことが可能な二重構造としたもの。もちろん製作工程も複雑であり、高位の武家のみが取り入れた特殊な鞘である。
注…大徳寺の塔頭養徳院方丈の襖絵。室町幕府の御用絵師小栗宗湛の襖
絵に、その子宗継が描き足したものであったと伝える。