銘 (菊紋)近江守源久道

Katana: Signed. (Kiku-mon) Omi no kami Minamoto no HISAMICHI

山城国 寛文頃

刃長 二尺三寸二分三厘
反り 四分二厘
元幅 一寸三厘
先幅 六分七厘
棟重ね 二分六厘
鎬重ね 二分四厘

金着二重ハバキ 白鞘入

昭和二十六年山口県登録

特別保存刀剣鑑定書
百四十万円(消費税込)

Yamashiro province
Kanbun era(A.D.1661-1672, early Edo period)


Ha-cho (Edge length) 70.4cm
Sori (Curvature) approx. 1.27cm
Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 3.12cm
Saki-haba (width at Kissaki) approx. 2.03cm
Kasane (thickness) approx. 0.79cm
Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)

Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK
Price 1,400,000 JPY

 都鄙往還の要衝近江国は多くの名工の故郷である。例えば江戸時代に備前伝丁子乱刃で一世風靡した石堂派は近江を発祥地とし、紀州、大坂、江戸、さらには福岡で開花している。また津田助廣一門で、濤瀾乱刃の名手助直も近江国の産。家康に寵愛された康継の出である下坂鍛冶も本国は近江、江戸新刀の長曽祢虎徹も近江有縁と伝え、彦根に虎徹の井戸がある。
 近江守久道(おうみのかみ ひさみち)初代もこの近江国、野洲郡野村の出身。本名を堀六郎兵衛といい、伊賀守金道の弟和泉守来金道に師事し、高い技術を保持して三品一門に名を連ねており、寛文二年には近江守を受領している。
 寛文四年頃の製作になる標題の刀は、覇気横溢の乱刃出来。幅広で重ねも厚く、適度に反って中鋒に造り込まれ、鎬筋が凛と立ち、長さも充分の雄姿。地鉄は小板目肌が詰み、粒立った地沸が厚く付いて活力の漲る肌合いとなる。刃文は短い焼き出しから始まり、浅い湾れに焼の高い互の目を配し、白雪のような沸が厚く付いて明るく、刃境には金線と砂流しが盛んに掛かってこれも眩く輝き、沸付いて明るい刃中に沸足が太く射す。帽子は浅く弛んで小丸に返る三品帽子。勅許の菊紋の刻された茎の、薄手先細の仕立ては、拵の柄が太くならぬ為のもので、実用への配慮も万全。近江守久道の個性と魅力が遺憾なく発揮された、出来の優れた一刀となっている。