銘 備前國住長舩七郎衛門尉祐定作
天正九年辛巳二月上吉日
Katana: Bizen no kuni Osafune Shichiroemon no jo SUKESADA saku
Tensho 9 nen Kanoto Mi 2 gatsu jokichijitsu

備前国 天正 四百四十三年前

刃長 二尺一寸三分六厘
反り 五分
元幅 一寸三厘
先幅 七分三厘
棟重ね 二分三厘
鎬重ね 二分四厘
金着二重ハバキ 白鞘入

藤代版『日本刀工辞典 古刀編』所載
岡崎譲著『日本刀備前伝大鑑』所載

昭和二十六年静岡県登録

特別保存刀剣鑑定書

Bizen province
Tensho era(A.D.1573-1591, Momoyama period)
About 443 years ago

Ha-cho (Edge length) 64.7cm
Sori (Curvature) approx. 1.52cm
Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 3.12cm
Saki-haba (width at Kissaki) approx. 2.21cm
Kasane (thickness) approx. 0.73cm
Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)

Published in "Nihon toko jiten (Koto hen)"
  by Fujishiro Yoshio and Fujishiro Matsuo,
 "Nihonto Bizen den taikan"

Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK

 七郎衛門尉祐定には「中川七郎衛門尉祐定作」と銘された作品がある。同時代に、与三左衛門尉祐定の子と伝える中川七郎左衛門尉、また、小早川秀秋の抱工で源兵衛尉祐定の子と伝える七郎右衛門尉があり、七郎衛門尉祐定は、この両工とは極めて近い関係にあったとみられる。
 天正九年二月上吉日の年紀を刻するこの七郎衛門尉祐定の刀は、本能寺の変が起こり、秀吉が備中高松城を撤退して京に戻った前年の作。当時、中国地方十ヶ国を領有していた毛利方家臣団の名のある武士の佩刀であろう、鉄質極上にして切銘も入念。これを創り出した鍛冶の心が形となって表わされたとみるべき名作となっており、末備前刀の魅力ここに極まれりとの感を抱かせるものがある。操作性を考慮した片手打ちの寸法とする一方で、重ねの厚い頑丈な造り込みとし、鎬筋を立ててさらに強靭さを高め、刃先を鋭く仕立てて切り込んだ刃の通り抜けを追求している。微塵に詰み澄んだ小板目鍛えの地鉄は細かな地沸で覆われ、しっとりとした潤い感に満ち、清浄な映りが起って戦国最盛期の作とは思えぬ鮮やかさ。刃文は匂口の引き締まった広直刃に浅く起伏のある湾れを交え、焼の深い帽子はわずかに乱れ込んで先端が尖りごころに返る。刃色が一際明るく匂で澄んだ刃中には逆がかった匂足が盛んに射し、葉が浮かぶ。丁寧に仕立てられた茎には勝手下がり鑢の鑢目が綺麗に残り、刻銘も鑚枕が起って保存状態の良さを示している。地刃茎総てに、黙々と鍛錬に励む名匠の、明鏡止水の心境を示して清雅の趣が満ちている。

全身写真
刀 銘 備前國住長舩七郎衛門尉祐定作 天正九年辛巳二月上吉日 差表
刀 銘 備前國住長舩七郎衛門尉祐定作 天正九年辛巳二月上吉日 差裏
刀 銘 備前國住長舩七郎衛門尉祐定作 天正九年辛巳二月上吉日 ハバキ
七郎衛門尉祐定作押形