脇差
銘 山城大掾藤原國包
(最上大業物)
Wakizashi
Yamashiro daijo Fujiwara no KUNIKANE
(Saijo O Wazamono)

陸奥国 寛永 約三百七十年前
刃長 一尺七寸六分強
反り 四分
元幅 九分五厘強
先幅 六分七厘
棟重ね 一分六厘
鎬重ね 二分一厘半
上蓋金着下蓋素銅二重ハバキ 白鞘付

黒粟文塗鞘脇差拵入
 拵全長 二尺四寸
 柄長 五寸三分

昭和五十一年岐阜県登録

特別保存刀剣鑑定書

Mutsu province
Kan'ei era(A.D.1624-1643, early Edo period)
About 370 years ago

Ha-cho (Edge length) 53.5cm
Sori (Curvature) approx. 1.21cm
Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 2.88cm
Saki-haba (width at Kissaki) approx. 2.03cm
Kasane (thickness) approx. 0.65cm
Gold foil and Suaka double Habaki
Wooden case (Shirasaya)

Kuro Awamon nuri saya,wakizashi koshirae
 Whole length: approx. 72.8cm
 Hilt length: approx. 16.1cm

Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK

 大和古作保昌(ほうしょう)に迫る肌目の美しい初代國包の寛永十一年頃の製作と鑑られる脇差。鎌倉時代後期の大和にあって柾目鍛えを特徴とする保昌貞宗などの流れを汲む工が応永頃に陸奥国仙台国分に移住し、大和古伝を下地として時代に応じた実用刀を製作しており、國包はその流れの中でも格段に技量の優れた工。慶長以降この地を領した伊達政宗に仕えた國包は、持ち前の鍛冶技術が認められるも、更なる修業を命じられて京の越中守正俊の門に学び、寛永四年に山城大掾を受領している。
 この脇差は、身幅尋常に鎬高く、わずかに先反りが付いて骨太な感のある姿格好。刷毛で掃いたような柾目鍛えの地鉄は、地景を伴って古作をみるように強弱変化があり、肌目に沿って地沸が叢付くなど時代相を映して手綺麗さに終始せず、鋼が持つ強さが全面に現われて迫力に満つ。焼幅がゆったりと変化する浅い湾れ刃は、小沸の粒子が綺麗に揃って冴え、刃縁にはほつれ、喰い違い、二重刃、打ちのけなど大和伝の働きが活発。匂の充満する明るい刃中には淡い足が盛んに射し、ほつれから連なる沸筋と砂流しが掛かり、帽子も古作の掟通りに焼詰めとされている。
 三葉葵紋と桐紋の金具を取り合わせて装った、品位高く美しい拵に収められている。