和泉国 永正頃 約五百十年前
刃長 六寸三分三厘
内反り僅少
元幅 七分一厘
重ね 一分四厘
金着二重ハバキ 白鞘入
特別保存刀剣鑑定書(加賀四郎)
五十万円(消費税込)
Izumi province
Eisho era(A.D.1504-1520, late Edo period)
About 510 years ago
Ha-cho (Edge length) 19.2cm
Slightly curved inward
Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 2.15cm
Kasane (thickness) approx. 0.42cm
Gold foil double Habaki
Wooden case (Shirasaya)
Tokubetsu-Hozon certificate by NBTHK
(Kaga Shiro)
Price 500,000 JPY
室町時代の和泉国の資正は、寛正、明応、永正、永禄と代を重ね(『日本刀銘鑑』)、「泉州住」を冠した正清、光正(『光山押形』)等と共に「加賀(注①)四郎」と称されている。『日本刀銘鑑』の寛正資正の項には「和田住ともきる」と注記がある。和田(みきた)は和泉国大鳥郡和田荘(堺市南区美木多)で、守護細川氏に臣従した和田氏の領地。和田荘内に居住した資正等加賀四郎鍛冶は、和田氏など近隣の戦国武将の為に鍛刀していたとみられる。
永正頃の資正の作とみられるこの短刀は、具足の腰に備えられたものであろう、身幅重ね尋常でごく僅かに内反りが付いた、小振りに引き締まった造り込み。焼刃に沿って流れ柾を交える板目鍛えの地鉄は古調に肌起ち、小粒の地沸が厚く付いて淡い沸映りが立つ。刃文は浅い湾れに互の目を配し、刃縁の沸の粒子が眩く輝き、刃境に湯走り、太い金線、砂流しが盛んに入り、刃中は匂で明るく冴える。帽子は強く沸付き掃き掛けを伴って小丸に返り、長めに焼き下がる。精妙かつ大胆な焼入れが施された本作は、資正の技術の高さを窺わせる(注②)。茎の先端が切られているが区はほぼ生ぶで、細鑚の銘字(注③)が鮮明である。遺例尠ない資正の優短刀で、和泉の戦国武将の雄姿が想起されて胸躍るものがある。
注①…加賀四郎の呼称には「本国加賀」説と「加賀守受領」説がある(『日本刀大百科事典』)。
注②…本間薫山博士は「永正、天文年紀の作があり、直刃に鍛がつまり、刃の明るい佳作がある」と記している(『新版日本刀講2』)
注③…正の字が村正の正に似ており、関わりを指摘する意見もある。