短刀
銘 日置仁平藤原兼次
明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之

Tanto
Heki Jinpei Fujiwara no KANETSUGU
Meiji 33 nen 9 gatsu 9 nichi
So hakushakuTanto ba ni nozomu toki kore wo yaku


東京 明治 六十歳作 百二十二年前

刃長 七寸四分九厘
内反り僅少
元幅 六分八厘
棟重ね 一分九厘
鎬重ね 一分

木ハバキ 上製白鞘付

朱漆塗刻柄黒漆塗鞘蕨手拵入
拵全長 一尺八分五厘
柄長 二寸八分

平成十五年神奈川県登録

保存刀剣鑑定書

六十五万円(消費税込)

Tokyo capital
Meiji 33 (A.D.1900)  122 years ago
Work at his 60 years old

Hacho (Edge length) 22.7㎝
A little curved towards the inside (Uchi-zori kinsho)
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 2.06㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.58㎝

Wooden Habaki / Shirasaya

Shu urushi nuri kizami tsuka, kuro urushi nuri saya, warabite koshirae
Whole length: approx. 32.9cm
Hilt length:approx. 8.48cm

Hozon certificate by NBTHK

Price 650,000 JPY

 因州兼先の掉尾を飾る優工日置仁平兼次は、天保十一年に鳥取城下二階町の鉋鍛冶榎並東兵衛の三男として生まれる。廣次郎兼先の弟子となり、安政二年に師の跡を継承。備前祐包、高橋長信にも師事し、文久二年に因州池田家の刀工となる。維新後は東京に住み、明治十九年の伊勢神宮式年遷宮の宝刀を鍛え、明治二十年に正倉院刀剣の再現に従事。明治四十年五月には、鳥取城内の池田家の扇御殿に御幸された皇太子の御前にて作刀する栄誉に浴している。
 この短刀は、兼先が日本文化振興に理解のあった宗伯爵を鍛刀場に迎えた際、正倉院の鋒両刃造の作を念頭に精鍛した一口で、刃先に迫って屹然と立った鎬筋が棟方に返る美しい姿。特別の素材を用いた地鉄は緻密に詰み、地沸が微塵に付いて透き通るような麗しい鉄色を呈す。直刃の刃文は匂口が締まって明るく、小足が無数に入り、ふくらで焼幅が広くなって強く沸付き、棟側に焼下げる。浅く反った茎の銘字は鑚の底が白く輝き、宗伯爵御前打の明治三十三年九月九日紀が謹直な書体で神妙に刻されている。
 拵の朱漆塗に刻みの柄は、正倉院中倉蔵の黒作横刀(たち)の共柄と同じ蕨手形。兼次が宗伯爵の為に特別に鍛造した、恐らくは唯一無二の優品である。

短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之 白鞘

 

朱漆塗刻柄黒漆塗鞘蕨手拵 短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之朱漆塗刻柄黒漆塗鞘蕨手拵 短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之

短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之 差表切先短刀 銘 日置仁平藤原兼次 明治三十三年九月九日 宗伯爵臨鍛刀場焼之 差裏切先

参考
正倉院蔵黒作横刀

 

兼次押形