太刀
銘 贈 日下開山栃ノ海
陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏

二唐國次 青森県弘前市
昭和三十九年三十才作

刃長 二尺四寸七分(七四・八糎)
反り 七分九厘
元幅 一寸七厘
先幅 七分二厘
棟重ね 二分一厘強
鎬重ね 二分三厘
金着二重ハバキ 白鞘入

昭和三十九年青森県登録

太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏

 

太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏 佩表切先太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏 佩表中央太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏 佩表ハバキ上

太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏 佩裏切先太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏 佩裏中央

太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏 佩裏ハバキ上

栃ノ海の横綱昇進を祝う郷里津軽の支援者の依頼で、「日下開山(ひのしたかいざん)(横綱)栃ノ海に贈る」と添銘された、弘前の刀工二唐國次(にがらくにつぐ)の精鍛(注)になる太刀。第四十九代横綱栃ノ海晃嘉は花田茂広といい、昭和十三年青森県津軽の産。六歳で父を、中学生の時に母を喪うも、親族の世話で弘前商業高校に進学した。昭和三十年高校三年の夏、春日野部屋の巡業で帰郷した中学の同級生に再会して角界入りを決意し、春日野部屋に入門した。身丈六尺弱の小兵力士の武器は先輩栃錦との稽古で磨いた鋭い立ち合いに加え、巧みな投げ技と足技。着々と番付を上げ、昭和三十七年五月には大鵬など大型力士に勝って初優勝し大関に昇進、昭和三十九年初場所の後には横綱を手にした。同世代には幕内優勝三十二回勝率八割強の第四十八代横綱大鵬がいた。ところがこの大鵬は、十両時代に栃ノ海に全く勝てず、入幕後も二十三度対戦して七度も敗れている。常勝の巨人大鵬を翻弄する小兵栃ノ海の活躍に、観客は大喝采を上げたのである。
 この太刀は、師二唐國俊刀匠も得意とした来國俊写しの一振で、身幅広く重ね厚く鎬筋凛として神社の鳥居を想わせる雄渾なる反り格好に加え、ハバキ元で強く踏ん張って中鋒に造り込まれた威風堂々の体配。無類に詰んだ小板目肌に錬り鍛えられた地鉄は、地沸が微塵に付いてしっとりとした潤いが感じられ、鉄色は澄んで晴れやか。直刃の刃文は、純白の小沸が付いて刃縁が締まりごころにきっぱりと冴え、小足が無数に入り、刃境に湯走り掛かり、刃中は立ち込めた微細な沸と匂の粒子で澄み冴える。帽子は端正な小丸。大きな力士達に一歩も譲らず、「小さな大物」と称された栃ノ海に相応しい外連味のない優品となっている。
 横綱没後も花田家にあったが、大切にしていただける方に託したいと、花田未亡人から譲られたものである。

注…堀井俊秀・栗原昭秀門の父二唐國俊に師事。昭和二十八年東北大学金属材料研究所で鉄を研究。

兼定押形



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