銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作
天文廿三年二月吉日
(業物)

Katana
Bizen no kuni ju Osafune Juro-zaemon no jo HARUMITSU saku
Tenbun 23 nen 2 gatsu kichijitsu
(Wazamono)


備前国 天文 四百六十八年前

刃長 二尺二寸七分
反り 六分六厘
元幅 一寸
先幅 六分五厘
棟重ね 二分一厘
鎬重ね 二分三厘

金着二重ハバキ 白鞘付

黒漆塗家紋蒔絵鞘打刀拵入
拵全長 三尺三寸
柄長 八寸二分

平成三年東京都登録

特別保存刀剣鑑定書

価格 二百八十万円(消費税込)

Bizen province
Tenbun 23 (A.D.1554, late Muromachi period)
About 468 years ago

Hacho (Edge length) 68.8㎝
Sori (Curvature) approx. 2㎝
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 3.03㎝
Saki-haba(Width at Kissaki) approx.1.97㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.7㎝

Gold foil double Habaki / Shirasaya

Kuro urushi nuri Kamon makie saya, uchigatana koshirae
Whole length: approx. 100cm
Hilt length: approx. 24.8cm

Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

Price 2,800,000 JPY

 長舩十郎左衛門尉春光は右京亮勝光の孫次郎兵衛尉治光の子。遺作に「主源家親」と銘した弘治三年九月吉日紀の両刃造短刀がある(注①)。源家親は備中の戦国武将三村家親で、備中守護山名氏から自立し、天文以降鶴首城(岡山県高梁市)を拠点に勢力を拡大し、永禄三年には備中の大半を治めて備中松山城(同市)を居城とし、備前や美作、伯耆に侵攻した。孫右衛門尉清光に鍛刀させた備前浦上宗景や、次郎左衛門尉勝光と与三左衛門尉祐定に合作薙刀を打たせた宇喜多能家の孫の直家等と熾烈な戦いを展開したのであった。
 この刀は、三村氏が備中南部の猿掛城(倉敷市)を攻略した翌年の作。幅広で鎬筋が張り重ねも厚く、反り高く中鋒の太刀の如き美しい姿。小杢目鍛えの地鉄は、細かな地景が入り、厚く付いた小粒の地沸が輝く潤い感のある美肌。広直刃の刃文は小互の目小湾れを交え、小沸が付いて匂口締まりごころにきっぱりと冴え、喰い違いごころの刃を交え、小模様の湯走り、細かな金線が掛かり、小足が無数に入り、物打付近は強く沸付いて焼幅広く、匂で澄んだ刃中には沸筋が流れる。帽子は焼深く沸付き、横に展開して長めに返り棟焼に連なり、戦国備前刀の特色が顕著。常よりも鑚当たりが強く、鑚枕の立った銘字は個性的(注②)で、東郷平八郎遺愛と伝える刀(注③)に近似している。意気盛んな備中武士の佩刀であろう。典型的かつ出来優れた雄刀となっている。
 黒蝋色塗に金粉で家紋を散し配した鞘に赤銅金具が映えた、綺麗な拵が付されている。

注①…横田孝雄『所持銘のある末古刀』。

注②…國の或の六画七画が交差して×形になり、長の第六画が釣針状に撥ね、吉日の吉が「𠮷(土の下に口)」となる等。

注③…天文十六年八月吉日紀。第二十九回重要刀剣。

刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日

黒漆塗家紋蒔絵鞘打刀拵 刀身 刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日黒漆塗家紋蒔絵鞘打刀拵 刀身 刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日

刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 白鞘

刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 差表切先刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 差表中央刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 ハバキ上

刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 差裏切先刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 差裏切先 中央刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 刀身差表 ハバキ上

白鮫皮着卯花色糸両捻巻柄

花筏図鐔

花筏図鐔

道成寺図縁頭

束熨斗図目貫

束熨斗図目貫

雲龍図小柄笄二所雲龍図小柄笄二所

雲龍図笄雲龍図笄

刀 銘 備前國住長舩十郎左衛門尉春光作 天文廿三年二月吉日 ハバキ

 

春光押形