脇差
銘 和泉守藤原國貞
(大業物)

Wakizashi
Izumi no kami Fujiwara no KUNISADA
(O Wazamono)


摂津国 元和末年頃 約三百九十七年前

刃長 一尺一寸四分八厘半
反り 二分六厘半
元幅 一寸九厘
先幅 九分二厘半
棟重ね 一分七厘半
鎬重ね 二分四厘強

下蓋赤銅上蓋金着二重ハバキ 白鞘入

昭和五十年静岡県登録

特別保存刀剣鑑定書

Settsu province
About the end of the Genna era
(A.D.1623, early Edo period)
About 397 years ago

Hacho (Edge length) 34.8㎝
Sori (Curvature) approx. 0.8㎝
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 3.3㎝
Saki-haba(Width at Kissaki) approx.2.8㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.73㎝

Shakudo and gold foil double Habaki / Shirasaya

Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK

 和泉守國貞は天正十八年に日向国飫肥に生まれた。上京して同郷の堀川國廣門を叩き、名手越後守國儔の指導で技を修め、師の没後は兄弟弟子として切磋琢磨した國助初代と共に、幕府によって整備されつつあった新都大坂へ進出し、大坂新刀隆盛の礎を築いた一人である。飫肥藩主伊東侯に仕え、元和九年には和泉守を受領している。
この脇差は、元和から寛永初年に盛行した姿(注①)。即ち寸法を控えながらも頗る広い身幅とし、鎬地の肉を削ぎ落して鎬筋を強く張らせ、元先の幅差が殆どなく中鋒が延びた、大刀を縮めたような独特の体配。良く詰んだ小板目肌に流れごころの肌を交え、細かな地景で所々肌起つ地鉄は、小粒の地沸が均一に付いて鉄色明るく、大坂新刀独特の澄明感がある。短い焼出しから始まる浅い湾れに互の目、丁子、尖りごころの刃を交えた刃文は、物打付近が一段と焼高く鎬筋に及んで截断の威力が集中。刃縁には新雪のような小沸が厚く降り積もって輝き強く、太い沸足を遮るように細かな金線、砂流しが断続的に掛かり、匂を伴う細かな沸の粒子で刃中の照度も高い。帽子は焼深く沸付き、表は小丸、裏は浅く乱れ込んで突き上げごころに小丸に返る。茎には受領銘が太鑚で力強く刻されて鑚枕が立ち、受領直後の時期の切銘(注②)のあり様を伝えて貴重。緻密な鍛えと刃沸の明るさに大成期の片鱗を覗かせた、親國貞若き日の優品である。

注①…堀川門では越後守國儔、出羽大掾國路他、三品派では伊賀守金道、越中守正俊らにもある。こうした作を腰に差し、室内での危機に備えたものであろうか。因みに南北朝の動乱収束後の室町前期、備前刀にも身幅の割に寸法の延びた短刀がある。

注②…受領前、元和七年八月吉日紀の「摂州大坂住藤原國貞」と銘した刀があり、受領後最古作は寛永三年丙寅二月日紀の「大坂於城下和泉守国貞作之」。本作はこの間の作であろう。

脇差 銘 和泉守藤原國貞脇差 銘 和泉守藤原國貞脇差 銘 和泉守藤原國貞 白鞘

 

脇差 銘 和泉守藤原國貞 差表切先脇差 銘 和泉守藤原國貞 ハバキ上

脇差 銘 和泉守藤原國貞 差裏切先脇差 銘 和泉守藤原國貞 刀身差表 ハバキ上

 

脇差 銘 和泉守藤原國貞 ハバキ

 

国貞押形