黒漆塗六枚張置手拭兜

附 釘抜前立

桃山時代
全高さ 四二糎(前立てを含む)
高さ 二一糎 幅三一糎 奥行三四糎

黒漆塗六枚張置手拭兜 附 釘抜前立

 

黒漆塗六枚張置手拭兜 附 釘抜前立

黒漆塗六枚張置手拭兜 附 釘抜前立

黒漆塗六枚張置手拭兜 附 釘抜前立

頭頂部の矧板が手拭を置いたように見えることから置手拭形兜と呼ばれる変り兜。矧板を相互に鋲留めして兜鉢状に仕立てる横矧の構造で、主として紀州雑賀にて発展した様式である。
 室町時代後期以降に流行した横矧様式の兜では越中形兜や日根野形兜が良く知られているが、置手拭形兜は矧板の湾曲が越中形兜や日根野形兜に比べて平坦で、頭高が低く構成されている。これは、越中形や日根野形のような腰巻板のない、三枚張の兜(注①)を基礎として製作された為である(図)。 一般の兜にはない特徴を有するこの置手拭形兜の、特に興味を覚える点は、雑賀の地に出現するまでの時代背景である。雑賀鉢は雲州春田派の諸工が紀州雑賀荘に移住し、雑賀在来の甲冑工と共に製作したと伝えられている。
元来、春田派は阿古陀形とよばれる天辺の穴付近が低く窪んだ形状の兜を専らとし、鉄の打ち出しによるふっくらとした、品格ある兜姿を最大の特徴としている。その代表作には、大内義隆奉納と伝える春田光信作の鉄地六十四枚張二方白総覆輪阿古陀形兜(重要文化財 厳島神社所蔵)などがあり、在銘、無銘を問わず名品が多く伝来している。
 高級武将が着用する最高級品としての名声を博した春田派の阿古陀形兜は、応仁の乱以降、徐々に用いられなくなり、代りに実戦での使用に適した機能的な甲冑が好まれるようになった。この変化は、戦闘様式が徒歩戦と呼ばれる地上での乱戦が主流となり、笠錣とよばれる末広がりの錣や大型(注②)の阿古陀形兜では機動性を欠くため、実戦での使用に耐えられなくなったことに起因する。
阿古陀形兜の衰退に直面した春田派の諸工が、その製作を縮小し、筋兜や頭形兜を製作するようになり、新天地を求めて紀州雑賀に移住した一部の工人と共に、新機軸の兜を開発した結果生まれたのが置手拭形兜ということになろう。
 春田派の甲冑師が実用本位の機能性と製作の容易性という要求を満たすために考案したのが、頭頂部を矧板二枚で覆い、腰巻の板と脇板を一にした(独立した腰巻板を持たない)本作のような雑賀鉢の一形態である。可能な限り鉄の打ち出し曲面を平坦に構成し、天頂部を上板二枚で覆う置手拭様式を創案し、さらに機能性を考慮して鉢の大きさはできる限り小さく仕立てている。また、本作を着用してみると、頭に吸い付くような装着感があり、前方と左右の視界も良好である(注③)。兜鉢の構成は額部一枚、側頭部(左右各一枚づつの二枚)、後頭部一枚、頭頂部二枚で合計六枚張(注④)となり、矧板は薄手で、打ち出しに柔らか味があり、絡繰留めの鋲の位置が矧板の縁付近にあることなどから、表題の兜の製作は春田派とみて間違いないであろう。前立の大きな釘抜きは、武勲の象徴であり、漆黒の兜鉢に金泥塗が施されて美しい。
 頭頂部には黒漆の下に共鉄鍛えになる三重の八幡座が据えられている。元来、天辺の穴とその周囲を飾る八幡座は同時代の横矧様式の兜にはないものである。そもそも、天辺の穴と八幡座は縦矧様式、つまり天辺の穴を中心に放射状に構成される筋兜などにみられる特徴である。したがって、横矧様式の置手拭形兜に天辺の穴を設ける理由は製作上も機能上にも見当たらない。にもかかわらず、本作に手間のかかる共鉄の八幡座がわざわざ設けられているのはなぜであろうか。古頭形の時代ならいざ知らず、桃山期の作に八幡座が設けられたのには、何か理由があるはずである。
 この疑問への答えが、世にいう「武具の下剋上」である。元来、下級武士が着用した頭形兜や簡易な構成になる三枚張の兜は、その機能性ゆえに次第に上級武将までも着用するようになった。久能山東照宮所蔵の重要無形文化財「白檀塗具足」や「金陀美具足」がまさにこの典型である。実用にさしたる意味を持たない八幡座をあえて設けた理由がここにある。
 我が国の甲冑製作の歴史において、室町時代に全盛を極めた阿古陀形兜ほど矧板の美しい打出面を持つ兜は存在しない。廃れたはずのこの打ち出しの技が、奇しくも本作の三重の共鉄打ち出しになる八幡座の製作に活かされている。この兜の作者と目される春田派の工人達は決して鉄の打ち出し技術を忘れた訳ではなかった。脈々とその業を継承していたのだ。実用に供するため一切の無駄をそぎ落とし、究極の機能美を追求したこの置手拭形兜の美しさと「武具の下剋上」を示す八幡座の精緻な技に名もなき工人達の矜持を感ぜずにはいられない。

注①…笹間良彦著『日本の名兜』中巻 79頁 ②写真参考。

注②…刀の斬撃から頭部を守るために矧板を外側に打ち出し、兜と頭の隙間を広くするため、阿古陀形は大きく造り込まれている。

注③…実際に本兜を着用してみると、頭部に吸い付くような感覚があり、重量が軽く動きやすい。また、眉庇の下部がちょうど眉毛の上部に位置し、視界は何もつけていないときと全く同じである。

注④矧板の枚数を数える際には眉庇と腰巻の板(本作にはない)の枚数は数に入れない。

 

黒漆塗六枚張置手拭兜 附 釘抜前立

黒漆塗六枚張置手拭兜 附 釘抜前立 桐箱

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