平造脇差
銘 氏貞


Hira-zukuri Wakizashi
UJISADA


美濃国 永禄頃 約四百五十五年前

刃長 一尺一寸三分八厘
反り 一分三厘
元幅 一寸七厘
重ね 一分九厘
彫刻 表 宝珠・真剣巻龍地肉彫
裏 人間武骨文字彫
金着二重ハバキ 白鞘付

『鑑刀日々抄』所載
本間薫山博士鞘書「権少将氏貞」

印籠腰二分刻黒蝋色塗波文蒔絵鞘脇差拵入
拵全長 二尺二寸三分
柄長 五寸五分

昭和四十七年東京都登録

重要刀剣

価格 三百八十万円(消費税込)

Mino province
Eiroku era (A.D.1558-1569, late Muromachi period)
about 455 years ago

Hacho (Edge length) 34.5㎝
Sori (Curvature) approx. 0.39㎝
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 3.24㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.58㎝
Engraving: "Hoju"and "Shin-no-Ken-maki Ryu" on the right face (Omote),
"Nin gen bu kotsu" characters on the back face (Ura)

Gold foil double Habaki
Calligraphy on the Shirasaya, written by Dr.Honma Kunzan "Gon no Shosho Ujisada"

Put on "Kanto Hibi no sho"

Inro Koshi nibu kizami Kuro ro-iro nuri Nami mon makie saya, wakizashi koshirae
Whole length approx. 67.6cm
Hilt length approx. 16.7cm

JUYO

Price 3,800,000 JPY

 木下藤吉郎と名乗り、柴田勝家や明智光秀などと競っていた若き日の豊臣秀吉は、ある時、同僚小林某の所持する幅広で地刃の冴えた剛刀に魅せられ、譲渡を申し出たが得られなかった。後に天下人となった際、伊勢一国との交換という破格の条件を示したが、小林は断固これを拒否したという。有名な一国氏貞(重要美術品)の逸話(注①)である。
氏貞は信長に仕えた美濃刀工若狭守氏房の弟と伝える。兄が信長の後援を得て永禄年間に左衛門尉を任官し若狭守を受領すると、氏貞も天正年間に左近衛権少将に任ぜられ、出雲守を受領している。
 この脇差は、受領前の永禄年間(注②)の作とみられ、寸を控えめに身幅を広く先反りを付けた、截断の操作性を突き詰めた造り込み。不動明王の剣を呑み込まんとする龍は、大きく見開かれた両眼に生気が漲って迫真の描写。地鉄は流れごころの板目肌に地沸が厚く付いて肌目が起ち、鉄色明るく関映りが立つ。刃文はゆったりとした湾れ刃で始まり、中程から互の目、尖りごころの刃を交えて焼が一段と高くなり、帽子は乱れ込んで地蔵帽子風に掃き掛けて浅く返り、所々棟焼を施す。匂口が締まって明るい焼刃は、小沸が付いて地中に湯走りが流れ込み、長短の足が入り、葉、島刃が入り、刃中も沸付いて明るく冴える。差裏腰元の文字彫は、森蘭丸の兄で歴戦の勇士森長可所持の和泉守兼定の十字槍(『古今鍛冶備考』巻六)にもある「人間無骨」の四字で、堅い骨を断つ抜群の刃味への賛。本間薫山博士の「地刃相呼応して豪放」の評の通り、兄氏房と共に信長の天下布武の戦いを目の当たりにした氏貞の人間の大きさを感じさせる同作脇差中の傑作である。
 天野義随作(年紀入り在銘)の魚尽図金具で装われた、洒落た見事な拵が付されている。

注①…福永酔剣先生『日本刀大百科事典』参照。

注②…下半が湾れ刃、上半が互の目乱刃の、刀身彫が施された永禄十一年八月十三日紀の氏貞二字銘の短刀(『室町期美濃刀工の研究』)がある。

平造脇差 銘 氏貞平造脇差 銘 氏貞 印籠腰二分刻黒蝋色塗波文蒔絵鞘脇差拵 刀身 平造脇差 銘 氏貞平造脇差 銘 氏貞 白鞘

 

平造脇差 銘 氏貞 差表中央平造脇差 銘 氏貞 ハバキ上

平造脇差 銘 氏貞 差裏切先平造脇差 銘 氏貞 差裏ハバキ上

魚尽図縁頭 銘 天野義随造之 明治四辛未年正月実 彫物鴨水於渓

魚図鐺

海老図目貫 金無垢地

海老図目貫 金無垢地

魚尽図鐔 銘 天野義随(金印)

魚尽図鐔 銘 天野義随(金印)

蟹図小柄

 

平造脇差 銘 氏貞 ハバキ

 

氏貞押形