大小一腰
刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日
脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日

DaiSho Hito-koshi
Katana: To-to ni oite Kato TSUNATOSHI
Bunsei 3 nen 4 gatsujitsu
Wakizashi: Kato TSUNATOSHI tsukuru
Bunka 13 nen 11 gatsujitsu


出羽国-武蔵国 文政 二十三歳  二百一年前(脇差 十九歳 二百四年前)


刃長 二尺二寸三分五厘
反り 五分三厘
元幅 一寸
先幅 七分一厘半
重ね 二分三厘

脇差
刃長 一尺二寸六分五厘
反り 二分六厘
元幅 九分六厘
先幅 七分二厘半
棟重ね 二分一厘
鎬重ね 二分

大小共金着二重ハバキ 白鞘入

昭和四十年神奈川県登録(大小連番)
大小共特別保存刀剣鑑定書

価格 二百二十万円(消費税込)

Details

Katana(=Dai)

Dewa-Musashi province / Bunsei 3 (A.D.1820, late Edo period) / 201 years ago

Hacho (Edge length) 67.7㎝
Sori (Curvature) approx. 1.61㎝
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 3.03㎝
Saki-haba(Width at Kissaki) approx. 2.17㎝
Kasane (Thickness) approx. 0.7㎝

Wakizashi (=Sho)

Bunka 13 (A.D.1816, late Edo period) / 205 years ago

Hacho (Edge length) 38.3㎝
Sori (Curvature) approx. 0.79㎝
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 2.91㎝
Saki-haba(Width at Kissaki) approx. 2.2㎝
Kasane (Thickness) approx. 0.64㎝

Gold foil single Habaki, Shirasaya
(Both Katana and Wakizashi)

Tokubetsu-hozon certificate by NBTHK
(both Katana and Wakizashi)

Price 2,200,000 JPY

加藤綱俊は加藤八郎と称し、生国が出羽国米沢。水心子正秀の門人加藤國秀の子として寛政十年に生まれ、兄に濤瀾乱刃の巧者綱英がいる。江戸に上って父と同じ水心子正秀の門下で腕を磨き、文政年間は江戸と米沢を往還、天保三年頃から長運斎の号を用い、米沢藩上杉家の抱工として江戸麻布飯倉片町の藩邸に起居し、ここを鍛冶場と定めた。安政三年には長運斎の号を息子の是俊に譲って長壽斎と改め、文久三年十二月に六十六歳で没している。
 表題の大小一腰は、脇差が文化十三年紀で、この年綱俊は弱冠十九歳(注①)。正秀は既に六十七歳になっており、初期の濤瀾乱刃(注②)から質実な小互の目、小丁子乱刃へと作風を一変させているが、綱俊は敢えて正秀が得意として最も華やかな作風である津田助廣流の濤瀾乱刃に挑み、見事に成功している。文政三年紀の刀は綱俊二十三歳の作で、同じく濤瀾乱刃を試みて正秀に迫る完成度の高さを示しており、この到達の速さこそが次なる備前伝丁子乱刃に目を向けさせた一因でもあろう。大小共に良質の鋼を錬り鍛えて鉄色明るく、地肌に潤いが満ちてはいるが、さすがに大刀の方が一段と明るく冴え、互の目の刃文構成にも角度があって刃中も明るく、四年間の進境著しさを如実に示している。特筆すべきは、大刀の地刃は洗練味が高いものの玉刃の技巧に甲乙つけ難く、これほどまでに濤瀾乱刃で揃った大小は珍しい(注③)。しかも現存最も早いと思われる製作年紀も貴重である(注④)。

注①…この文化十三年紀は、おそらく現存作中では最初期作であろう。

注②…入道は寛永十四、五年頃。伸びやかな鑚遣いで切銘された本作は日御碕神社蔵の康継入道銘の太刀(寛永十七年八月日紀)と銘字、刃文構成が近似している。なお二代作には葵紋のない作例があるという(佐藤寒山先生著『康継大鑑』)。

注③…江戸時代の武士は加州兼若と思って所持していたであろう。

注②…濤瀾乱刃とは、単に大互の目が連続しているのではなく、波がぶつかり合って飛沫を上げる様子を刃文で表現したもの。

注③…元々の登録番号が大小連番である。

注④…『日本刀銘鑑』には、文化十三年の次に文政三年紀を掲げており、この文政三年紀が現存二番目に古い作である



大小一腰 刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日

 

 

刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日

刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 差表切先刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 差表中央刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 差表ハバキ上

刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 差裏 切先刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 差裏中央刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 差裏ハバキ上

刀 銘 於東都加藤綱俊 文政三年四月日 ハバキ

綱俊押形

 

脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日

脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日

脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日

脇差 銘 加藤綱俊造 文化十三年十一月日 ハバキ

綱俊押形