蓬莱蒔絵十字紋散刀掛

島津家伝来

金梨子地塗盛上蒔絵
四本掛
高さ 39.8cm 横幅 65.9cm  奥行 20cm
桐箱付

蓬莱蒔絵十字紋散刀掛 島津家伝来

蓬莱蒔絵十字紋散図刀掛 島津家伝来

蓬莱蒔絵十字紋散刀掛 島津家伝来

正月や祝儀の席などに欠かせぬ蓬莱飾りは、我が国の自然観を背景に育まれた長寿の願い。蓬莱島に棲み長寿の象徴として遍く知られる鶴と亀は長寿であるが故、「亀鶴の契り」の語が生まれている。千年万年に及ぶ永遠の契りの象徴に他ならない。夫婦和合と子孫繁栄は家督の相続により権力を維持する武家にとって、まさに一族の命運を決する重要事項であった。
 表題の刀掛は、大名様式からなる刀掛の典型的な遺例であり、要所に丸に十字紋蒔絵と、同じ紋所を散らした真鍮金具を備えている島津家伝来の逸品である。
 描かれている題材は蓬莱。通常蓬莱飾りには、松屋竹などを都留と亀に添えて描くが、ここでは菊花を背景に蓬莱島を表現している。しかも通常菊花は秋野に咲く様子が描かれるが、本作では敢えて岩場に咲き乱れる様子とされている。
 絵画の中で岩は見落とされがちだが、四君子図や歳寒三友などの古典的題材にも添えて描かれていることが多いのは、岩の揺るぎない存在感、即ち安定した世の中と確かな権力下での御家安泰を示しているのである。
 また、本作は婚儀の祝いとして特別な意図をもって製作された作であることが想像される。岩菊は白無垢を着た姫君の特長であり、地下に根を伸ばして多くの花をつける様は子孫繁栄を意味するものであろう。画題の底に流れる子孫繁栄の切なる願いを背景に、美しい心象風景とされているのである。
 蓬莱に欠かせないのは鶴と亀。鶴は雌雄であろうか呼び合うように構成されている。一方、岸辺の亀は親子であろうか。いずれも、菊慈童伝説にあるような、菊が備える長寿の薬効を存分に受けていることを暗示しているのである。
 さて、漆塗の技法も、常にない精緻さに溢れている。金梨子地にはやや大きめの金粉を用い、赤味のある透明な漆を塗り施して表面を磨き上げている。金粉の粗となる部分には赤味のある透き漆が厚くかかり、金粉の密な部分は逆に透き漆が薄くなる。この濃淡の見かけにより、梨子地に独特の奥行感が生まれ、遠目にみると梨子地が一見肌立って見える。この特徴は近現代の金梨子地とは大きく異なる見所である。
 家紋、菊、鶴亀など蒔絵部分の金粉は、銀、朱などを加えて色調に変化を与えている。さらに、随所に銀粉蒔絵が施されている点も見どころ。銀は時を重ねるごとによって表面が紫黒色に変化し、これが色彩の妙趣となって全体を引き締めているのである。単なる金一色では得られない品格と、金の豪華さをさらに引き立てる陰の効用が、華美一辺倒に傾きがちな金蒔絵に抑揚と変化をもたらしているのである。
 繊細で緻密な下草の描写も見逃すことができない。さらに加えるなら岩の表現方法。描割といわれる、線状に漆を塗り残して金粉を蒔く手法が駆使されている点。漆を塗り残した部分には金粉が付着せず、あたかも蒔絵の表面を細い針金で削り取ったような溝として直線を表す極めて何度の高い技法であり、髪の毛ほどの細い線により、岩の質感が見事に表現されているのである。雪舟の水墨画を見るような直線的描写は古画に通じる感性を備えた蒔絵師のものであり、その風合いを蒔絵で表現する技術力に感服する。
 猪目風の大胆な透かしは、器物の台座などに施される香狭間(こうざま)を草体化したものであろう、ここにも品位の高い空間美が創出されている。

 

島津家伝来太刀掛と糸巻太刀拵
『薩摩刀と島津家伝来の名刀』より

 

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