昭和六十一年奈良県登録
特別保存刀剣鑑定書
火炎を伴って宙を廻る宝珠を得んと、今まさに追いつき手を伸ばす龍神。宝珠は如意宝珠の略で、古代インドにおいて「思うままに願いの叶う宝物」として考えられ、龍神はこれを守る自然界の大きな力と捉えられた。中国を経て絵画表現が進み、我が国の装剣小道具では後藤家が這龍図の金具を製作して治世者の安泰を願っている。刀身彫刻では鎌倉初期の豊後国の修験鍛冶行平の龍が初期のものとして知られ、また、南北朝時代に彫り描かれた相州彫の龍が特徴的。時代が下って幕末には奥州に栄えた月山鍛冶の流れを汲む雲龍子貞一が新趣の彫刻を駆使して覇気ある龍神を彫り描き、その刀身彫刻の伝統は現代にまで続いている(注)。
この刀は、雲龍子の孫に当たる「重要無形文化財保持者(人間国宝)」に指定された月山太阿貞一の作。貞一は明治四十年の生まれ。幼い頃から祖父と父貞勝の刀造りの姿を見て育ち、十八歳にして自身彫を大阪美術協会発足記念展覧会に出品して入賞するほどの技量と感性を備えるに至った。終戦後も古作綾杉鍛えの再現と彫刻を携えて幅広く活躍、新作名刀展では連続受賞と正宗賞を受賞、昭和四十六年に人間国宝に指定されたのであった。 彫り描かれた龍神の身体を包む鱗は一枚一枚がくっきりと立ち、猛々しく尖った背鰭が周囲を刺し、宙を掻く手足の爪も鋭く、丸みのある目玉の 光沢強く、点刻が施された顔、角、触覚、髭、鬣までもすべてが一段彫り込まれた中に力強く切り立ち、今刀身から躍り出さんばかり。刃文は龍神が飛翔する天上の雲。小沸に匂を調合して明るく、月山古伝の綾杉鍛えの肌目に沿ってほつれ掛かり、その一部が刃中を流れて層状の金線、稲妻、砂流し、沸筋となり、地中には淡い湯走りが渦巻き、龍神の動きによって激しく躍る気流をも暗示する躍動的景色を生み出し、貞一刀匠ならではの地鉄と彫刻の融合からなる美観が視覚に迫りくる。裏面は龍神とは対照的に静けさの感じられる素剣。