脇差
大磨上無銘 手掻


Wakizashi
no sign. (O-suriage) TEGAI


大和国 南北朝中期延文頃 約六百五十年前

刃長 一尺五寸一厘
反り 三分
元幅 九分三厘
先幅 七分五厘
棟重ね 一分八厘
鎬重ね 二分一厘
彫刻 表裏 棒樋掻通し・添樋掻流し

金着二重ハバキ 白鞘入


平成二十八年千葉県登録

特別保存刀剣鑑定書(手掻)

価格 四十五万円(消費税込)

Yamato province
Enbun era (A.D.1356-1361, mid Nanboku-cho period)
about 650 years ago

Hacho (Edge length) 45.5㎝
Sori (Curvature) approx. 0.91㎝
Moto-haba (Width at Ha-machi) approx. 2.81㎝
Saki-haba(Width at Kissaki) approx.2.27㎝
Kasane (Thickenss) approx. 0.64㎝
Engraving: "Bo-hi" kaki-toshi, "Soe-hi" kaki-nagashi on the both sides

Gold foil double Habaki
Shirasaya

Tokubetsu-hozoncertificate by NBTHK (Tegai)

Price 450,000 JPY

 寸法の長い太刀を自らの身体や剣術の流儀に合わせて磨り上げた脇差で、手掻と極められている。手掻派は鎌倉末期から南北朝時代に、大和国の東大寺輾害門前に鍛冶場を設けていた包永に率いられた一門で、今でも東包永町、西包永町の町名が遺されている。包永、包貞、包清等「包」の字を通名とし、東大寺や興福寺の荘園を守る武士の需で鎚を振るい、柾がかった地鉄に沸の強い直刃調の焼刃を作風として隆盛した。
 この脇差は、磨り上げてもなお身幅広めに重ねが厚く、棒樋が掻き通されて姿が整い、反りを控えて中鋒とした力強い造り込み。現状でも南北朝期の大太刀の面影が遺されている。大和物の特色が顕著な地鉄は、板目に流れごころの肌を交えて地景が密に入り、粒立った地沸が厚く付いて鎬寄りに映りが立つ。直刃調の刃文は浅く揺れ、小粒の沸が付いて刃縁の光が強く、刃中は匂で澄む。焼刃は物打付近が一段と強く沸付き、刃境に湯走りが掛かり、大きな喰い違い、二重刃を交え、帽子も強く沸付いて二重刃となり、突き上げごころに小丸に返る。総てにおいて大和色が濃く、放胆で力強い地刃となっている。江戸期の武士が大小一腰の小刀とした作で、大和本国、殊に手掻派の魅力横溢の一振である。

脇差 大磨上無銘 手掻脇差 大磨上無銘 手掻脇差 大磨上無銘 手掻 白鞘

 

脇差 大磨上無銘 手掻 差表中央脇差 大磨上無銘 手掻 差表切先脇差 大磨上無銘 手掻 差表ハバキ上

脇差 大磨上無銘 手掻 差裏切先脇差 大磨上無銘 手掻 差裏ハバキ上脇差 大磨上無銘 手掻 差裏ハバキ上

脇差 大磨上無銘 手掻 ハバキ

 

手掻押形