昭和二十六年京都府登録
特別保存刀装具鑑定書 (拵)
特別保存刀剣鑑定書 (刀身)
菊の葉に溜まった朝露を飲んで長命を得たという菊の薬効に関わる古代中国の言い伝えは、穆王と、これに仕えた菊慈童の話として謡曲にもなり、あるいは名酒名水伝説を生みだした。菊水の家紋も淵源を同じくしている。
この拵の鐔、縁頭、目貫の代りとした飾り板による柄、栗形、鐺の一作揃金具が、菊の手入れをする菊慈童と、それに暖かな目線を投げかける穆王を彫り描いたもの。作者は水戸の打越派を代表し、和漢の歴史人物を迫真の場面として表現するを得意とした名工弘親。本作でも、朧銀地を立体的で写実的な高彫として金銀の色絵を加え、精妙な鏨を切り込んで動感豊かな人物像とし、皺や髭を微細な毛彫で表した表情豊かな顔、目線の動きまで彫り表している。また、菊花の表現が常にない素材を用いたものとして特筆に値する。高彫に金銀色絵はもちろんのこと。これに加え、花形に彫り出した赤、縞の現れた白、水色、緑の天然石を象嵌しているのである。さらに鞘は、銀の磨地に蟷螂や蜻蛉など様々な虫、蝦蟇に蜥蜴などを、その皮質感をも再現した平象嵌で装っている。小柄は、算水政行の朧銀地高彫金色絵になる秋草図。鞘の腰元の胴金に付属する雲形の小縁金具が一つ失われている。
越前下坂の脇差は、身幅広く重ねも厚手に先反りを付けた江戸最初期に多い武骨な造り込み。表裏に二筋樋と棒樋を掻いて引き締まった印象がある。板目鍛えの地鉄は、鍛着を密にしながらも細かな地景によって肌目が起ち、ざんぐりとした越前物に特徴的な肌合い。刃文は浅い湾れで、帽子はわずかに掃き掛けを伴って先小丸に返る。明るい小沸に匂を複合した焼刃は、刃境にほつれ、喰い違い、二重刃ごころをみせ、匂で明るく冴えた刃中に小足が射す。太い鑚で舟底形の茎いっぱいに銘を刻している。
下坂と銘する刀工群は近江の出身で、戦国時代から江戸時代初期の越前国において隆盛している。この中から名を成したのが初代康継や肥後大掾貞國などで、本作もそれらに比肩する出来栄えを示している。